生きるの楽しい

生きるのが楽しい

私とヒプノシスマイクくん、或いはオタクと公式、そして顧客と企業

 

舞台ヒプノシスマイクに関しての、一オタクとしての感想を書いたら、思いのほかRTされていました。驚きました。
こんな辺境の発狂(韻を踏みたかった訳では無い)をわざわざ読んで下さった方ありがとうございます。
これも、沢山の方がこのコンテンツに関心があるからなのでしょう。

 

さて、あのブログは完全に布教用、というか、ダイマ用に書きました。
対外向きです。
そして今から書くのは私用、というか、私自身のスタンスのメモ書きです。
決意表明って言ったら大げさ過ぎるのですが、
「私はこういう気持ちでヒプノシスマイクくんに向き合っています」という、
壁に向かって自己紹介しているくらいのつもりです。

 

だから別に、これを読んで下さっている貴方様に向けたものでも無いですし、
「こういう風に考えろ」って言いたい訳でもありません。

 

「ああ、こういう考え方もあるんだな」「コイツはそう思っていても私はそうは思わない」
そういう風に、貴方様の思考の一つのサンプル、或いは叩き台くらいにはなるかもしれない。
でも本当に、自分用です。このブログに対して、正しいとか間違ってるとか頂いても、私の話なので…としか返せないです。

 


さて、前置きはこれくらいにして、私とヒプノシスマイクくんの話をします。
タイトルにもあるように、これは私とヒプノシスマイクくんの話ですが、
ひいては、私というオタクが公式にどう向き合っているか、
私という顧客が企業にどう向き合っているか、
そういう話でもあります。
範囲が広すぎてうまく話せる自信は無いので、最後まで読んで下さる奇特な方は適宜行間を読んでやって頂けると助かります。


ヒプノシスマイクくんとの出会いは覚えていませんが、多分バトルアンセムの動画のRTとかかな。
爆発的に人気が出た時のその瞬間に、まさに波乗りって感じで出会いました。
一年以上経つことに驚いてます。

 

さて、このヒプノシスマイクくん、良くも悪くも話題性が滅茶苦茶高い。
敢えてここでは悪い評判の話だけをしましょう。

 

・円盤の売上でチームの勝敗を決めるというAKB商法。
・音源から始まった筈なのにコミカライズでの重要設定展開。
・設定や脚本の甘さ。矛盾。構築しきれていない世界観。キャラ造形の薄さ。
・既存チームの掘り下げが進まない中での新展開。
・強制グッズ付き18000円という2.5舞台としては異例の高価格チケット。

 

例えば5つ、挙げてみました。
なお、私はこれら(或いはその他公式発言など)に対してこの場で議論をしたい訳では全くない。
あくまでも例として、実際に自分の目で見た悪評判の話です。
ですから、上記に関して「いやそれはなあ!」とか「ちがくて!」と思われた方、取り敢えず一端拳を下ろして下さい。
むしろ議論をしないためにこのブログを書いています。最後に書きますが、私得意じゃないんです。

 


さて、何故わざわざ、自分が今応援しているコンテンツの悪評判を書き連ねたかというと、

 

「このヒプノシスマイクくん、途中でオタクを止める、追いかけなくなる要素は多々ある」

 

という話をしたいからです。
多々あります。あると思います。
じゃあ何故私は未だにヒプノシスマイクというコンテンツを追いかけているのか?
理由は大きく分けて2つです。

 

①この悪評判/自分自身嫌だと思ったポイントを乗り越えてなお応援したい気持ちになる要素がある。

②そもそも私はそれを(そこまで)悪い点だと思っていない。

 

大別してこの2点です。
何当たり前のこと言ってるの?って思うかもしれません。
そうです。当たり前なんです。悪い所があるって言われてるのに応援してるのは、
それでもなお好きになる要素があるか、そもそも悪いと思ってないかのどちらかなんです。
逆に言えば、

 

どんなに好きでも許せない。

それは普通にやっちゃいけないでしょ。

 

そう思った時に、私はそのコンテンツの応援をやめます。

 

お気づきかもしれませんが、これはもう既に、「私とヒプノシスマイクくん」の話ではなく、
「(私という)オタクと公式」の話に広がっています。
私というオタクは公式に対して、どんなに評判が悪かろうが自分が嫌な気持ちになろうが、
①②の気持ちを持ち続ける限り応援しますが、それが無くなったら勿論やめます。
だって趣味なのだもの。許せない、個人の倫理的に無理、と思ったものに触れ続ける道理がありません。

 

さて、先程上げた5つの悪評判。
未だにオタクとして応援している以上、私は先ほどの悪評判に関して、①か②の気持ちを抱いています。
これに対して、じゃあ私はどういう風に思っているのか?

 

それを一口で言えたら簡単なんですが、ここにはまた、

「オタクと公式」「顧客と企業」

これについて、私がどう考えているのか絡んでくるんです。

 

「オタクと公式」については、先程チラッと触れました。
こういうことになったら応援しないよ!っていう話ですね。
でもね、そもそも、応援しているコンテンツに悪感情なんて抱きたくないんですよ!
っていうか好きだな!って思ったから応援している訳で、最初から嫌いなものをそもそも応援しないですし。
だからあばたもえくぼ、多少、いやかなり、甘甘です。ジャッジライン。
また、キャラクタや世界観に関しては「公式が法律」という考え方をしています。悪しからず。

 


更にここで「顧客と企業」について私がどう考えているかの話が加わります。

 


企業である以上、利益を出さないといけません。そうでなければ運営出来ないから。
企業の主目的は利益です。社会福祉じゃないんです。
人がハッピーになって更に利益も出たら最高だよね!とは思いますが、利益が出ないなら倒産するだけです。
だからといって、利益だけを追求しても顧客はついてきません。
利益を出すために「顧客満足度」がある訳です。

 

だから企業は、顧客にとって魅力的な商品を作ります。
作るだけじゃ気がついて貰えないから宣伝をします。
事業拡大させるために色んな手段を使って、試行錯誤していきます。
そこには対象顧客がいて、ターゲット層がいて、それに合わせた企業戦略があります。

 

国や公共事業の話になったらまた別だとは思いますが、一般企業って、そういうものです。
そういうものだと私は隅っこの一社会人として思っています。

 

ヒプノシスマイクくん(別に他のコンテンツの名前でもいい)は、企業の商品です。

 

顧客である私は、ある商品に魅力を感じました。
素敵だなと思ったので手に取りました。
お金を出して良いと思ったのでお金を払いました。
商品が様々に展開していきます。
その中には私にとって魅力的ではない商品もあれば、
私がターゲット層ではないものもありました。
私はそれを買いませんでした。
また私にとって魅力的な商品が出ました。
私はそれを買いました。

 

さて、魅力的では無いけれども、それを買うことで他の商品が一層楽しめる(かもしれない)(むしろ下がるかもしれない)
そんな商品が出ました。

 

私はそれを買うかどうか?

 

ここで私を動かすのは、多分、今までその企業が出してきた他の商品に対する信頼や、或いは義務感かもしれない。
その選択権は顧客である私にあります。
抽象的で分かりにくいでしょうか。

 

最高に魅力的なキャラクター(商品)を企業が作り上げたけれど、そこからの商品展開が博打並みに当たり外れがある時、どうするか?
あけすけに言ってしまえばそういうことです。

 

私に限っての話ですが、言ってしまえば、最高に魅力的なキャラクターを作り上げた時点で企業の勝ちです。
私は博打でも金を払うでしょう。それだけの魅力があると思うから。そのキャラクターを作って提供してくれた時点で、お金を払おうと思うからです。
お金を払わない人もいるでしょう。当然だと思います。個人の判断基準です。
とはいえ果たしてこれは顧客満足度が高いと言えるでしょうか?

 

もしも同じだけ魅力的なキャラクター(商品)が出てきて、それがいつもとてもハイクオリティな商品展開をしたら?
顧客はいずれそちらに流れます。だってその方が素敵だからです

 

この流れに対して、私は「商品を大切に展開しない企業が悪い」「雑な売り方をする企業が酷い」とは思いません。
勿論、いつか別の商品に流れる自分や誰かのことを「魅力を忘れた人間」とも思いません。
この流れに対して、私は一切の善悪を語ろうとは思いません。
「この企業と商品はそういうものだった」「私は自分の望む範囲でそれに対価を支払った」。
以上です。
勿論、広告法とか独禁法とかに触れていたら、それは善悪というか、もう司法の問題になってくるので今回の語りの範囲外ですが。

 


長々と話しましたが、ここまで踏まえた上で、もう一度戻ります。

 


さて、先程上げた5つの悪評判。
これに対して、じゃあ私はどういう風に思っているのか?
ヒプノシスマイクくんに限らず、公式に対して私はこういうスタンスです。

 

・企業なので利益を出そうとするのは当然。
・商品の展開は企業の自由。
・展開方法が好みで無かった時に離れていくのは顧客の自由。
・ターゲット層以外に対してのフォローやケアを怠るといずれターゲット層にも影響が出かねない。
・結果商品が売れなくなったら企業努力の問題。

 

以上です。
ヒプノシスマイクくんに対しては、
①悪評判/自分自身嫌だと思ったポイントを乗り越えてなお応援したい気持ちになる要素がある。
②そもそも私はそれを(そこまで)悪い点だと思っていない。
上記①②の気持ちはマーブル模様に組み合わさっています。
これがいつか許容できなくなったら私は別の商品を買うでしょうし、
或いはもう最高のものを提供されて、ひたすら両手を挙げて踊り狂ってるかもしれない。

 

でもいちいちそれを話すのも面倒くさいので、大体「いぇーい!」って言ってます。

 

私も顧客なので、買った商品のここが良い、と同じようにここが嫌!って話も勿論します。
友達と飲んでる時に、「マジでこの公式展開は無いわ…」とか愚痴ったりもします。
でもそれを誰かに押し付けたい訳じゃないんです。

 

極論、良い商品だと思って買ったのにゴミだったわ!お金ドブにしたわ!クソ!って全然言うけれど、
それを「凄い良い商品だった!」って言っている人に対して、「私はそれゴミだと思ったんですけど!」とかわざわざ言いに行きたくないです。
同様に、「凄い良い商品だった!」って言っているものに対して、「それ私にはゴミでしたけど?」って言われたら困ります。
議論が苦手っていうのは、そういう話です。

その話がしたい方も、勿論いらっしゃるのでしょう。話すことが悪いことだとは決して言いません。
これは好みの問題です。はっきりと私は宣言します。私は論じたく無い人です。

 

そしてこれは、そういうコメントが来たから書いたとかでは無いのでご安心下さい。
ただ、自分がどういう向き合い方をしているのか、自分で言葉にしておかないとすぐわかんなくなっちゃうアホなので……。
実際、書いてはみましたが、なんかちょっと違うかな?うまいこと言えないな?って部分凄いあるから、
日本語って難しいな~~~~~~~!?!?(アホの結論)

 

ということで、以上、私とヒプノシスマイクくん、或いはオタクと公式、そして顧客と企業。

ひいては私の自己紹介でした。
もしもここまで読んで下さった方いたらありがとうございます。いつかお互いのハッピーコンテンツで会おう。