生きるの楽しい

生きるのが楽しい

大人のオタクがオタク特有のクソデカ構文で読書感想文を書いてみた

 

何だかTLで読書感想文の是非とか意義とか、そういうのが話題になってました。

読書感想文が好きだった、嫌いだった、意味がある、無いエトセトラ……

 

 

は、どうでもいいんですけど、その話題見てたら読書感想文書きたくなったので書きました。

宿題でもなければ先生に見せる訳でも無いので、

オタクのクソデカ構文満載で、好き勝手に書きました。後そのクソデカ構文を元にして逆に凄いちゃんとした読書感想文も書いた。

ら、滅茶苦茶楽しかったのでここに記録がてら公開します。

暇で暇でしょうがない人だけ読んで下さいね。

 

 

 

「全人類これを読め」  三年B組 湯本ボイラー

 


まあ多分全人類読んでるとは思うんだけど、全人類にあと百回は読んで欲しい本の話します。

 

銀河鉄道の夜っていうんですけど。

 

もうタイトルからしエモの気配がヤバいじゃん。

銀河鉄道銀河に鉄道を走らせようって思ったのがまず天才。

普通に夜に外歩いてて、「お、夜空綺麗!あそこ行けたらなあ~」とは思っても、

「よっしゃ、鉄道走らせたろ!」とは思わなくない?

いや私は銀河鉄道の夜を >>知ってる<< 世界の人間だから、夜空見たら「鉄道走ってるかな~」って思うけど、無の状態でまず走らせないでしょ。せいぜい夜空を飛ぶくらいの発想で終わるでしょ。

でも鉄道なのがエモなんよな。分かるよ。鉄道と線路ってなんであんなエモシルエットしてるんだろうね。

 

それでさ、まあ最初よ。学校の授業シーン。

出てくる最初の名前が主人公の親友であるカムパネルラ。

 

カムパネルラ!?!?!

 

既にもう名前が格好いい。超格好いい。

カンパネルラだったらまだ言いやすいけど、このがさ……絶妙に意識しないと発声できなくてさ……凄い何回も声に出したくなるのよな。

カムパネルラ。

 

カムパネルラ!

 

こんな名前どこ探したら思いつくのかこれも全然分からん。名前辞典のどこ探しても無いでしょカムパネルラ。この世のものでは無い感じが凄い。

これに比べたら主人公のジョバンニはね。まあジャパンにはおらんけど、フランスあたりにはいるんじゃない?って気がする。

というかそもそもこのカムパネルラって何か名前の由来とかあるのか?

って思って調べたら、トンマーゾ・カンパネッラっていう哲学者からきてるのね。へえーーーーーー実在したんか。じゃあ名前辞典に載ってるわな。世界広い。

っていうかこのトンマーゾ・カンパネッラっの名前、

正式には「ジョバン・ドメーニコ・カンパネッラ」って、、、、、、????

 

ジョバンニとカムパネルラやんけ!?!?

 

二人は魂の同一存在であるということが……?

こんなところでもう判明してしまう……?

まだこちとら冒頭一ページ目なんだが……?????


ていうかなんかこの授業シーンがさ……先生が滅茶苦茶エモいこと言ってるのは分かるんだけど、それよりもジョバンニとカムパネルラの態度が、あまりにもわかりみ深くてなんか泣けてくるんですよね。

「自分は先生の質問の答えを確かに知っている筈なのに、何かが漠然と不安でどうしても自信を持てない」ジョバンニと、

「そんな友達に遠慮して、知っているのに答えられない」カムパネルラ。

そういう瞬間、マジで人生であるじゃん。

みんなあるでしょ!?!?!(クソデカ主語)


あれ何なんだろうね。

間違ってても良いとか、分かっているなら自信を持って答えなさいとか、遠慮をするのは優しさじゃないとか、分かってるんだけど、でも何かが喉につっかえて全然うまく喋れない時あるじゃん。

間違えたくないのかなあ。というより、間違えた結果、何が起こってしまうのか考えるのが嫌なのかな。

だって人生に正解なんか無いけど正しくいたいよ。なるべく間違えたくないし、×より〇もらいたいじゃん。

そういう……なんか……そういう感じ……。凄い序盤の些細なシーンではあるのだけど、なんていうか滅茶苦茶……染みるのよな……。


いやでもなんていうか、内容もさることながら、単語の一つ一つがめちゃにエモエモなんですよね。

章タイトルのケンタウルス祭の夜とか銀河ステーションとかもそうだし、

 

「まるで億万の蛍烏賊の火を一ぺんに化石させて、そら中に沈めたという具合」

 

とかいう比喩も凄い。

正直、比喩が息苦しいぐらい詰め込まれてて、お腹いっぱいっていうか、想像力の限界超えるっていうか、無理やり宝石を飲み込まされてるような気さえする。

凄いよ。世界観をくらえ!!!!!!って感じ。

美しさは暴力ってこういう意味なんだなって……。


このペースで語ってると字数が一万字近くなってしまいそうだし、現状既に1500字を超えてて、原稿用紙4枚になってる。ウケる。

え?てかマジでジョバンニもカムパネルラも鉄道に乗る気配すら無いんだが?銀河鉄道の夜なのに?


もう終わる気配が無いので、いじめっこのくだりとか、病気のお母さんのくだりとかそのへん割愛します。っていうかもうなんなら鉄道に乗ってからのことも割愛します。

読んでくれ。読めばわかる。読むんだよ!!!!

 

正直、道徳とか宗教的な善の話みたいな部分がかなり多くて、そのへん説教臭いな~~~って人によっては思うかもしれないけど、まあ実際宮沢賢治ってかなり宗教的に敬虔な人だからそりゃそーだって感じなんよな。あの有名な雨ニモ負ケズだって、最後の方はひたすらお経が書かれてるんだし……。


でもそういう宗教的道徳的要素を排除しても普通にワクワクするんですよね。

燐光の海!砂糖でできた白鷺!きらきらと燃えるとうもろこし!

私の手の届かない夜空には、そんなものが一面に広がっている!見たいな~~~。


っていうかこの記事読んでる人、ネタバレokなタイプですか?

まあ全人類読んでると思うので気にする必要は無いと思うのですが一応ね?

 

一応、ネタバレ注意って言っておきますけど。いいですか?

 

 

 


最後、カムパネルラ死ぬじゃないですか。

 

いや分かるよ。分かる。

それまでの鉄道内での会話で、明らかタイタニックで他の子どもに避難ボート譲って死んだ子供たちとか出てくるし、皆途中の南十字星(完全に十字架ですね)に向かって祈るし、

カムパネルラにいたっては序盤で

「僕のことをお母さんは許してくれるだろうか」

「僕はお母さんの本当のさいわいのためならどうなったってかまわない」

「僕が誰かを助けることはきっとお母さんの本当のさいわいになるだろう」

みたいなこと滅茶苦茶言ってるからさ。

死亡フラグっていうか、死亡してますフラグはビンビンに立ってた。

分かってた。カムパネルラ、そりゃ死んでるよ。

誰かのために死んでるからこの鉄道に乗ってるよ。なんでジョバンニ逆に死んで無いの?ってくらいこの鉄道の人みんな死んどるがな。

 

銀河鉄道の夜が物語として美しいのは、間違いなくこのカムパネルラの死によるものだとは思います。

最後に二人が「あー!銀河の旅おもしろかったー!」っつって終わるんだったら、多分これは童話にはなっても文学作品として世には残らなかったのでは?こっちも「良かったね!」って感じだし……。

 

誰かにとっての本当の幸いのために命を投げ出すって、一種の人間賛歌というか、性善説というか……取り合えず美しく善なるものじゃないですか。
だからまた道徳の話に戻っちゃうんですけど、

この話を読んで、「だからみんなも誰かの本当の幸福のために尽くせる人間になろうね!」みたいな結論に持っていくやつ、マジでやめてほしい。


いやそういう感想になることは間違いじゃないし、なんならもしかしたら宮沢賢治もそういう気持ちで書いたのかもしれないけど、いや知らんけど、でもそんなん言われたら、

うるせーーー!!!俺の幸福は俺が決める!!!誰かの幸いのために尽くしたら自分も幸福だなんて言ってられっか!!!!

って思いませんか?少なくとも初めてこれを読んだ時の幼い私はそう思いました。そうやって大人は善になれ善になれって押し付けてきやがる!!!黙れ!!!どうせこの世は♰闇♰強い者が勝つ……って鬼反発してた記憶、あります。


同じように「ほんとうのさいわい」を探すために、どこまでも一緒に行こうねえと約束をした二人が、最後カムパネルラが死に、ジョバンニが一人地上に残されて、魂の双子が離別する描写は本当に美しいですが、

いやでも実際カムパネルラのお母さんは幸せなん?

ジョバンニは生きていて、ずっと待っていたお父さんとようやく会えるフラグが立って終わりますが、それは幸福じゃないん?そんなはずないよな?


だから私が思うに、カムパネルラの死は、物語としての美しさのための死であって、現実世界にそのルールを押し付けるのは間違ってると思うんですよ。

本当の幸いって人それぞれやん????自己犠牲が全てじゃないやん????

私は家で引きこもってオタクしてるのが最高に楽しいけど、外で遊ぶのが何より卍最高って人もおるやん。マジで。お前は森で、俺はタタラ場で生きよう。

 

だからもしもこの本を道徳的に解釈するなら、我々がカムパネルラから学ぶべきは、他人の幸福のための死ではなく、

「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸になるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸なんだろう」

って悩む姿だと思うんですよね。

自分の幸いは、他人の幸いじゃないかもしれない。そして加えて、「自分が本当に幸になるのはどういう時だろう」って考え。

さらに踏み込むなら、「自分の幸せと他人の幸せが相いれない時はどうするか?」。

いや言っちゃうけど、多分ね、カムパネルラのお母さんは生きててほしかったと思うよ。カムパネルラに。

でもいじめっこのザネリが助かったの、ザネリのお母さんは嬉しかっただろうな。

だから本当の幸いって難しいと思います。私には分からない。私には分からないけど、幸せにはなりたい。

幸せになりたい!!!!!!

 

百兆円欲しい!!!!!!

 


でもそもそも、この本を楽しむのに、そんな風に道徳的に解釈する必要あるのか?って私は思います。

私が思う銀河鉄道の夜の最高な所は、銀河に鉄道を走らせようとしたことなんです。

銀河には白鷺が銀色に飛んでいて、あちこちのすすきがサラサラ鳴って、燐光が光る海で波が打ち寄せ、宝石を巻き散らしたみたいな砂浜がぎらぎらと輝いている。

最高。マジで最高にエモい。エモエモの塊。

正直道徳とか置いといて、この景色を永遠に見ていたい。

読書をする時に、何らかの思想を得なくちゃいけないなんて誰が決めたんですか?

綺麗な海が見たいから沖縄に行くみたいに、美しい夜空を見たいから私は銀河鉄道の夜を読みます。そしてこの美しい夜空を共有したいので、全人類銀河鉄道の夜を読んでほしい。

一緒に「綺麗な空だね!」って言える人がいるの、まず間違いなく幸せなことなので。

 

(総文字数4062字/原稿用紙約10枚)

 

 

 

 

書くの楽しかったけどアホアホでしたね。大人ってアホ。
今度は逆に(?)上の文章を学生の読書感想文っぽく加工してみようと思います。
なお私の学校では、読書感想文か、或いは自分で小説を書くかが選べたため、

毎回自分で小説を書いていた私は、実は読書感想文の経験がありません。

ヤバイ。読書感想文らしさが分からない。イマジナリー読書感想文じゃん。

2000字以内でしたっけ?実際に原稿用紙に書いたら改行とか発生して書ける文字数はもっと減ると思うので、1600字目安で書いてみます。

 

 

 

銀河鉄道の夜』を読んで   三年五組 湯本ボイラー


銀河鉄道の夜』というタイトルが好きだ。夜空を見上げた時、そこに鉄道が走っていると思うだけでワクワクした気持ちになる。銀河を走る鉄道から見える景色はどんなものだろう。ページを開く前から楽しみだった。


登場するのは主人公のジョバンニと、その親友カムパネルラ。この名前も耳慣れなくて、目にした時には少しドキッとした。まるで幻想世界の住人を覗き見ているような気持になる。

 

けれど、物語の中で二人の姿を追っている内、彼らは決して幻のような存在では無く、自分自身に通じる所があるように思えた。

特に最初の授業のシーン、ジョバンニが、銀河の構成要素は星だと、答えが分かっているのに手を挙げられないのを見て、なんだか自分を見ているように感じた。私も答えが分かっているのに授業中に手を挙げられないことがしょっちゅうある。

それは間違えたら恥ずかしいだとか、目立ちたくないだとか、友達の目が気になるからだとか、色んな理由があるからだ。だからこそ、この物語のジョバンニという主人公は特別ではない、私と同じ存在なのだ、と思った。

 

そうして、幻想世界の住人ではない、私と同じ、ただのジョバンニとカムパネルラは、いじめっこ達にからかわれたりしながら星祭りの夜を迎える。そして、銀河鉄道に乗る。だから私も、銀河鉄道に乗ったのだ。彼らと一緒に。
銀河鉄道から見える景色は、色鮮やかで、きらきらしていて、素晴らしいものだった。燐光の海、砂糖でできた白鷺、赤く燃えるとうもろこし。彼らを通して、私は美しい銀河の夜を見ることが出来る。

 

そしてそれと同時に、「本当の幸い」というものを、私は彼らと一緒に考えることになる。


銀河鉄道の夜の最後は、カムパネルラの死だ。彼は母の本当の幸いを願っているけれど、いじめっこであるザネリが川で溺れているのを助けて死ぬのだ。そのことを彼は「誰だって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸なんだねえ」と言う。


自分には、カムパネリラの言っていることが、分かるような気もするし、分からないような気もする。

確かにカムパネルラは正しいことをした。本当に良いことをしたのだろう。けれど、カムパネルラが死んで、ジョバンニは悲しくなかっただろうか。間違いなく悲しかっただろうと思う。カムパネルラのお母さんだって、そうだ。

例えどれだけ良いことだったとしても、親友が、自分の子供が死んで悲しくない人がいるだろうか。自分の子供が犠牲になって、他の人の子供が助かって、ああ良かったと心の底から言えるだろうか。

もしかしたら、本当に良い人は、言えるのかもしれない。けれど私は、ジョバンニとカムパネルラと一緒に銀河鉄道を旅していた私は悲しかった。

 

本当に良いことは、悲しいことも同時に引き起こすことがあるのだ。そして自分にとっての幸せが、他人にとっての幸せとは限らない。
銀河鉄道の夜を読んで、私はそのことに気が付いた。誰かの本当の幸いを願うことは美しく大切なことだけれど、幸せの形は人それぞれ違うのだ。そこに正解は無いし、もしかしたら私の幸せは誰かを悲しませるかもしれない。

ジョバンニとカムパネルラが教えてくれたのは、「本当の幸い」そのものではなく、「本当の幸いとは何か」を考える姿勢なのだと思う。

 

これから先、私はきっと、夜空を見上げるたびに、そこに走る鉄道を思う。

白鷺が銀色に飛んでいて、あちこちのすすきがサラサラ鳴って、燐光が光る海で波が打ち寄せ、宝石を巻き散らしたみたいな砂浜が広がっている、美しい景色だ。

そうして二人の少年が、本当の幸いを考えて首を傾げている。そこでは私も二人の少年と一緒に首を傾げている。

本当の幸いを探す旅は続く。これからの私の人生でずっと考え続けることになるのだろう。それを考えられることが、最初の幸せなのかもしれない。

 

(総文字数1552字/原稿用紙約4枚)

 

 

ということで、大人の読書感想文でした!たのしかったーーーーー!!!

 

なんか誕生日によく分からん法案が可決されそうになってる

 

#検察庁法改正案に抗議します

 

結論から先に言うとこれだし、既に別垢でもうその発言してるんだけど、

なんか……ぶっちゃけて言うね。私アホなのね。

だから私が反対してるのって、ちゃんとした信念とか、論拠とかに基づいて反対してる訳じゃなくて、

 

この法案が分かんないから反対してる

 

んですよ。

 

私は別に現政権だから反対する、とか、どこ政党応援してる、とかそういう意見は全然持ってない。

投票には行くけど毎回違う政党に入れてたりするし。

ていうか個人的に、どの政党にもまともな人もヤバい人も両方いると思ってるし、どの政党の政策も、「そこは良いけどそこは反対だなー」とか思いながら見てる。それで都度まあマシかな…ってとこに入れてる。

団体ってそういうもんじゃん? どのチームにもやべー奴はいるしすげ~人もおるよ。すげ~人も間違えるし、やべー奴が正しい意見言ったりするし。国を動かす立場がそれでええんかって言われたら分からんけど。


だからこれは私の政治的立場がどうこうとかじゃなくって、マジで分からんから助けてくれって話です。

 

今からアホが喋るから、私の知り合い諸氏は「コイツこんなアホやったんか…」って思っても見捨てないで。よろちっち。

 

取り合えずなんかよく分からんヤバそうな法案が誕生日に成立しそうなのマジで助けてクレメンス。

 

 

そもそも今回の件、どれくらい自分が正しく認識してるかの自信も皆無だから、前提から違ってたらごめんち。

 

 

「人手が足りないから国家公務員の定年を延ばします!検察も併せて延ばします!前からそういう話は出てました!」


→分かる。


いや会社勤務人(づとめんちゅ)の意見としては、正直、人手不足というよりは

 

「上が引退しないからポストが空かない」

「高級取りの上が減れば、雇える人手は普通にいっぱいおる(上一人の給料で2~3人は雇えるぞ!)」けども、

「年金貰える年齢がどんどん引き上がってるから、定年も上げていかないと仕方なくなってる」

っていう実感なんやけどね。

個人的にはもう自分の世代年金貰えないだろうなって思ってるけど、今論じたいのは年金需給云々の話じゃないし、公務員人(こうむいんちゅ)の人材不足がどうかは知らんし、民間が引き上がるなら公務員もっていうのなら分かる。

オッケー。

 


「今回の法案前にやった黒川さんの半年延長は彼にしか出来ない仕事があるからです!」


→言い分は分か……らなくは無いが、じゃあそれって具体的に何!?引継をすればいいのでは!?


63歳で定年って滅茶苦茶ハッキリ決まってるのに引継してないのは何!?

三日前に異動発令出た訳じゃないでしょ!?うちはよく出るけど!!


いや…分かんない、私は検察のこと何にも知らんから、引継できないとんでもない事案あるのかもしれない……。ゴーン氏か?流石にゴーン氏一人の事くらい引き継げるよな?ならそれ教えて欲しいのね!?

 

「コレコレ抱えてるから無理でーす!」

って言ってくれればこっちも

「それは無理だね~!」

ってレスる。コーレスさせて欲しい。

 

いやそれとも国家機密で言えないとかあるのかな!?

検察ってそういうの扱ってるの!?アホだから知らんけど。

だったらこう……

 

「これは国家機密に関わることで詳細は述べられないけどマジにヤバい事案を黒川さんが抱えてるから辞めさせられねえんだ✋そのことは他の検察官●名全員の承諾があるぜ」

 

みたいなの見せられたら私はまあ

「そなのか……日本国家そんなヤバい事案を黒川さん一人の背に負わせてるのヤバいけどしょうがないな……現場でもこの人辞めた瞬間に業務回らないなって人おるし……いや健全な状況とは言い難いけど、そんななら仕方ないな……」

て思うよ。はよ業務健全化してあげて欲しいが。

 

分からないポイント:黒川さんにしか出来ない仕事(とそれを引継できてない状況)

 

 

「任期を延ばすかどうかは内閣が決められます!」


→まあそもそも行政府の一つならそれが妥当なのかも!ただ基準はどこなん???

 

そもそも検察の総長?めちゃ偉い人?は内閣が任命して天皇が承認してる?んだし、行政府の一つな訳だし、人事権がそのへんにあるのはま~分からんでもないちんげーる……。


でも定年延ばすって決めたんなら一律延ばすんでよくない?

 

そこが私にはまず分からん。

最初に「公務員の定年延ばします~!」っていうのには「わかる!」って言ったけど、

 

それ人材不足だから違うの?

 

全員一律で延ばせばよくない?

なんで内閣が「お前は延ばすがお前は延ばさねえ!」って決めるん?

なんか理由あるん?

 

「これは任期延長をダシにして、内閣が検察への間接的な介入をできるようにするためだー!三権分立が脅かされるぞー!」

 

みたいな怒りをよく見かけるし、それに対しての反論が全然見つからんから私は「確かになー!?」って思っちゃうよ。単純なので。

三権分立が脅かされる云々に対して、内閣府のHP画像が引用されて「三権分立の図がおかしい!」みたいなのは、引用元がそもそも三権分立の説明とちょっと違うみたいだし、少し恣意的な引用なのかな?と個人的に思っています。検察もそもそも行政府の一部だし、=三権分立の崩壊、はちょっと話題広げすぎなのかなと。

 

まあ三権分立の崩壊とまでは言わなくても、

「お前が言うことを聞けば任期三年延ばしてやるぜ?」て言われたら、私なら言うことを聞くね。金がなきゃ生きていけねえから。定年退職しても年金来ないからさあ!

 

いやでもなんかこう……分かんない、分かんないけど、延ばしたり延ばさなかったりを決めないといけない理由があるのかもしらん。一律で延ばせない理由ってやつ。

知らんけど。ごめん本当にアホだから知らん。分からん。

でもだったら、延ばす基準、延ばさない基準をしっかり決めとかないと、

「内閣の好みで決めてる!」って批判からは逃れられんくない?

誰もハッピーになれなくない?検察のこと信じられない国って駄目くない?

 

基準があって、その基準を設ける理由があって、基準に納得がいけば

「おっ、そういう理由で基準を設けたんやねー!たしかにそれは必要だし、この基準なら安心だなー!」

って思うよ。

 

で、その基準が全然分からんのだけど、具体的な話し合いがまだってマジ?(見つけられなかった)

 

その人にしかできない専門的な知識と判断の云々が

みたいなどうとでも解釈できる話じゃアホには分からんねん。

もうそれ、「私の仕事は私にしかできない世界に一つだけの花みたいな話になっちゃうじゃん。

同じサービスを提供するからこそ、あなたにしかできないプラスアルファの心配りでカスタマーサティスファクションを与えていきましょう……ニコ……みたいな話でいいの?マジ?

 

分からないポイント:何で完全延長じゃなくて内閣が都度決めるのか?その理由は?都度決める場合の具体的な基準は?話し合われているのか?

 


「コロナ禍の今、採決します!」


→マジで分からん。


マジで分からん。

これだけは考えても考えても考えても全然分からん。

優先順位そんな高いの?

だって、一生懸命外出自粛して、色んな事業の人が経営ヤバくなってて経済的にヤバくなってて、でも命には代えられないからって皆努力しててさ???

 

政府の保証始まったとはいっても、うちまだマスク届いてないし、10万円の給付金だって自治体の方が滅茶苦茶頑張って下さってるけどまだ全然じゃん?

(この前やむを得ず市役所に行きましたが、休日開庁に朝一から沢山の方が訪れていて、それを滅茶苦茶素早く手早く一生懸命処理して下さっているのを拝見しました。本当にありがとうございます)

 

勿論、政府の対応して下さってる色んな関係省庁の方もめっちゃ頑張って下さってるのも分かる。

(なんか画像で回ってきたけど、物質の確保とか状況確認とか、現場で寝泊まりして皆さんが死ぬ気でやって下さってるの見ました。詳しいこと分からんけどすげ~頑張って下さってるの分かる。本当にありがとうございます)

 

分かるからこそ、そんだけ頑張ってても全然足りてないのが実感じゃないですか???

 

医療も教育も皆混乱してるし、企業もやばいし、右も左もヤバヤバじゃん???

でもヤバヤバなのはこう……多少はしょうがないっていうかさ……。

コロナが生まれたのは別に誰が悪い訳でも無し、今まで誰も経験したことが無いことに対して、完璧な正解だせって厳しめじゃん。

勿論、出来る出来ない、最善次善の策はあった筈で、それへの対応が、ま~日本政府が正しかったか間違ってたかは今後の経過と歴史が判断するんだろ~なって思ってるから、その話はここではしないよ。

ていうか私、コロナの話じゃなくて法律の話してるのよ。議題が違うのね。ごめんね。

 

そうなの。コロナの話しちゃったけどさ。コロナ対応みんな頑張ってるじゃん。

頑張ってるけど足りてないのが現状じゃん。

やり方が正しいとか正しくないとかは分からないけど足りてないのは事実じゃん。

 

なんで今この法律の話してんの?????

 

私、この法律の話じゃなくてコロナの話聞きたいんやが????????

なんで私この法律の話してんの????????

 

マジで分からん……ここが本当にマジで分からん………………

今すぐ必要な法律なら必要だって理由教えてくれれば、別に反対しないからさ…………何で今なのかって理由を教えてくれ………………何で今なん?????

 

コロナ対策十分だから余力でやってるの??????それはね!!!!!

アホだけど言わせてください!!!

私は違うと思います!!!!!!

 

 

分からないポイント:なんで今

 


と、いうことで、政治に何にも詳しくない割とアホより一国民の素朴な疑問でした。

なあこんな質問アホよな???アホだよな????アホだって分かってんだよ。

「無知~~~~~~👏👏」って指差されるよな????

恥晒してこんな記事書いてんのよ?????

でもこのアホアホの疑問への回答が見つからね~~~~~~んだ。

見つからね~~~~~~~から反対してんだ。

 

黒川さんが内閣寄りの人間云々は知らん。その議論始めるには、私は黒川さんの今までの功績を知らん。何をしてきて何をしてこなかったのか、本当に内閣に都合の良いことだけやってきたのか?それ以外に素晴らしい功績を今まで残していたりはしていないのか?何にも知らん。

ただ、

 

「コロナ禍の中、その対応が足りていないのに、今やらなくて良い法案を、それも内閣と検察っていう凄く微妙なバランスで成り立ってる組織の関係を変える、超重要そうな話を、全然詳細が決まってないまま、沢山の人が反対してるのに決行しようとしてる」

 

ってのが、今私の目に見えてる【唯一の事実】なのよ。

おかし~~~~でしょ。

頼むから今回の件、アホにも分かるようにHPの分かりやすい所に書いといてくれ。

超探しちまったじゃん………………アホでもピースフルに生きていける国にしていきてえよな……………………あとマジで5月13日が誕生日なのでその日のTLはハッピーであってほしい。できれば推しの画像とか、推しが元気に過ごしてる報告でも良い。ていうか皆が元気でハッピーでいてくれればいい。あわよくば、推しジャンルの新規告知とか嬉しいし、推しのイラストとかめっちゃ見たい。拙者、シンプルにオタクなので……よろしくな……。

 

 

 

 

文化に力はあるか?

 
これは頂いたマシュマロへの回答記事です。
 
(前略)
文化についてです。
先ほどtwitter似て、文化の力を信じてみたい、という文言を見ました(絵画を紹介するアカウントさんです、)
文化の力ってなんだと思いますか?
文化と言うと主語が大きくて難しいのでここではかりに絵画とさせてください。文学に置き換えていただいても大丈夫です。
わたし自身はは絵画が好きでよく美術館に行きます。でも絵画がなくても困らないひともいますよね。わたしの周りにもいます。絵画は食べ物じゃなくてお腹がふくれる訳でも無いし、観たからと言ってお金になる訳でもない。ウイルスにかからなくなる訳でもない。
文化の力って何なんでしょうか。
文化に力がないとは思いませんがそれがどうひとに影響を与えるのかいまいちわかりません。
文化にひとを救うことってできるんでしょうか。
 

マシュマロで頂いたご質問、私の中に無形の答えはあるのですが、きちんと言葉にしたことは無いなあと思ったので、折角頂いた機会に、真面目につらつら書いてみようと思います。
これは書き終わった未来から来た私が言うので間違いないことなのですが、相変わらずクソ長いよ。
 
 
さて、こちらのお話、文化だと主語が大きいので、お言葉に甘えて、『文学』でお話したいと思います。
 
文学に力はあるのか?文学は人を救うのか?

それについて考える時、いつも思い出す言葉があります。
 
「文学で腹は膨れない。文学は飢えた人に何の力も持たない。けれど、飢えた人のいない世界を作るために、文学は力になれる」
 
原典は忘れてしまったのですが、調べれば出てくるのかな?
多分似たような言葉は沢山あると思います。
これと合わせてもう一つ、
 
「文学は功利主義を否定する手段である」
 
これは、大学の教授が授業中に語った言葉です。前後の文脈は忘れちゃいました。
忘れてばっかりか? 忘れてばっかりなんです。
忘却は人類に唯一残された救済だって言うし……(?)

今回ご質問頂いたことの回答の一つに、この二つの言葉はヒントになるかもしれません。
 
「絵画は食べ物じゃなくてお腹がふくれる訳でも無いし、観たからと言ってお金になる訳でもない。ウイルスにかからなくなる訳でもない。」
 
まさしくおっしゃる通りで、文学はそういった意味で何者も救わないと思います。
絵に描いた餅でお腹は膨れないし、どれだけ美味しそうな食べ物の描写をしても、その人の飢えは満たされないです。ウイルスは消えないし、コロナの治療薬にもならない。
でも、飢えた人を無くすのも、ワクチンを開発するのも、ロボットじゃなくて人間なんです。
ここに文学の存在意義があると思います。
(文学、は、絵画でも文化でも何でも好きな言葉に置き換えて下さいね)

人間だから、喉元過ぎたら熱さを忘れるし、自分の身に起こらなかったら他人事です。今回、こうやってコロナで大騒ぎしても、自分が罹らないまま落ち着いたらきっと忘れていくでしょう。しょうがないんです。人生忘れてばっかりだもの。
でも、本当は忘れたくないし、忘れちゃいけないんですよね。
 
この時の悲しい気持ちとか、焦ったこととか、無力感とか、或いは誰かの優しい言葉とか、そういうものを、文学や絵画作品は保存することが出来ます。
保存って言うのは、実際に体験した人が思い出せるだけじゃなくて、体験していない人も、それに触れれば追体験できる、という意味です。
 
それはただの『記録』には出来ないことです。
「罹患者●名、死者●名」っていう言葉から全てを思い出せるほど、私達は優れていないですし、「誰かにぶつからなければ信号も渡れないような街から人が消えた」という言葉から、その景色を想像できる程度には、私達には力があります。
 
そもそも、「大切な人が死んだら悲しい」「誰かの大切な人が死ぬことも悲しい」「自分が誰かを殺してしまうかもしれないことは恐ろしい」。そういった想像力や感受性を育てるものこそが文学では無いでしょうか?

その想像力が無い人はこう思う訳です。「大切な人が死んでも自分が楽しければいい」「誰かの大切な人なんてただの他人」
 
「文学で腹は膨れない。文学は飢えた人に何の力も持たない。けれど、飢えた人のいない世界を作るために、文学は力になれる」
 
この言葉って、つまりそういうことなんじゃないかなって思います。
文学は、今、飢えている人に対して無力です。何にも出来ません。でも、飢えている人がいない世界にしたいって思う人の心を作ることはできます。
 

さて、もう一つ、「文学は功利主義を否定する手段である」という言葉です。
功利主義って言うとなんか難しいので、ここでは乱暴に「幸福=利益=有用性こそを最上におく考え方」と説明させて下さい。
まだ何か難しいですね。「役に立つものが最強」って考え方です。「役に立たないものはどうでもいい」って考え方です。この説明、各所から怒られそう。許して。

役に立たないと意味が無い、利益を上げないと意味が無い、『何か』にならないと意味が無い。そういう考え方って世の中にどうしてもあります。まあ基本が資本主義社会ですしね。利益を出さなきゃ潰れていくだけです。
決して悪い思想じゃないです。必要な考え方です。
 
ただ、これを突き詰めすぎると、大変なことになっていっちゃうんですね。

じゃあ、「何か」になれない私に価値は無いんでしょうか?
一円にもならない子供の落書きに意味は無いんでしょうか?
役に立たない人間は生きてちゃいけない?

そんなことないじゃん!?!?!?!?
 
「AのためのB、という考え方は、Aが無くなった時、Bの価値もなくしてしまう。功利主義とはそういう考え方だ。そうじゃない。BのためのBでいい。それはそのまま、何のためにもならなくていい。資本主義社会で、たったそれだけのことが難しくなってしまった。文学は、何のためにもならなくていい。文学はただ文学である、というだけで功利主義を否定することができる」
 
教授がこんなことを言っていたかどうかは覚えていませんが、まあ多分こういうニュアンスだった気がする。違うかもしれん。
でも実はこれって、さっきまで語っていた
 
「文学で腹は膨れない。文学は飢えた人に何の力も持たない。けれど、飢えた人のいない世界を作るために、文学は力になれる」
 
とは、ある意味正反対の考え方なんです。

言ってしまえば、「文学は力にならなくていい」「文学に世界を変える力なんてなくていい」「世界を変えるための文学ではない、文学のための文学である、ということに意味がある」
 
何か、すげーーな!?って思いませんか?
たったこれだけの言葉ですら、既に文学の意味が真っ二つの正反対になってるんですよ。
そしてどっちが正しいとかどっちが間違いとかじゃないと思います。
 
だから、「文学(文化)に力はあるのか?」そのご質問に対して、私の回答はこうです。
 
「あったりなかったりするし、あってもなくてもいい」
 
この文学の所に、絵画でも、文化でも、或いはボイラーという私の名前でも、どこかの政治家でも、タンポポでも燃えるゴミでも、なんでも好きな言葉をいれて頂いても、私の回答は同じになると思います。
 
「あったりなかったりするし、あってもなくてもいい」
 
でも、私がそういう考えに辿り着いたのは、間違いなく文学や、或いは絵画や音楽などの力であることは間違いないのです。
文化の力って、そういうこと、なのかもしれません。
 

あと、ここまで話しといてなんですが、あらゆる本や絵画や音楽や、映画やゲーム、そういった、ただ生活するだけなら不要なものがあるからこそ、今の外出自粛をしているこの日々を、私は心は豊かに楽しく過ごせているのは間違いないので、その点で言えば「文化に力はバリクソめっちゃ最強にある」と思います。
 
 
文化に力、バリクソめっちゃ最強にある!!
 

ヒプステのキャラ解釈が私に優しすぎた話

 

 

突然ですが、キャラ解釈ってどう思いますか?

 

私はマジに重要だと思っています。

 

「公式と解釈違い」という、普通に考えれば矛盾している発言をしてしまうことさえある。
まあ実際、アンパンマンがカツアゲしてたり、クレヨンしんちゃんが美人なおね~さんキラ~イとか言ってたら、それはもう公式が解釈違いというかただのキャラブレだとは思いますが。そういうことじゃないよな。

 

腹を割って話しましょう。私は今までヒプマイくん(原作)に対して、「か、解釈違いなんですが~~~~!?」と悲鳴をあげた経験が有ります。

 

勿論、大前提として公式こそが正解であり、間違っているのは私です。私が勝手に妄想し捏造し誇大解釈し好き勝手に凝り固めたイメージに対しての「解釈違い」です。
「俺の考える最強の推し!」じゃ無かった。そういうこと。もうね、完全に私の自己責任。

 

でも皆、心にモンペ、飼ってない?????

 

飼ってなかったら大丈夫。この日記は飛ばして下さい。舞台で見たありのままのキャラクタを楽しめるのが一番だと思います。

 

今からは、私の心のモンペ(=勝手な妄想)と舞台のキャラとの間で受けたイメージの違いとか良さとか語ります。
後は役者さんの演技や声など。私のキャラ解釈が読んでいる貴方の地雷な可能性あるから、ほんま、そのへん気をつけて。
今更だけど死ぬほどネタバレだからね。

 

好意的ですが、全てを絶賛する訳ではありません。
良かった所と同じように「これは人を選ぶのでは?」という箇所も遠慮せず語ります。繰り返しますが、超主観です。
あとハマの女です。ブクロも勿論大好きですが、普段ハマのことばかり考えているので、ブクロに対して考えが浅いと思います。ご容赦

 


①一郎

正直、今作で一番人を選ぶのでは!?って思いました。
私は好きです。何故なら「19歳という未成熟さ」「二郎三郎に対する無自覚的傲慢」が見えたから。
でも、それこそが苦手な方もいると思うんです。
一郎に対して「完璧な兄である」要素を強く求めると、今回の一郎、ちょっとずれるかもしれません。

 

舞台中、一番人を選びそうだな、と思ったのは
「三郎がカズ(10年ぶりに現れた一郎の幼馴染。勿論ボス)を疑った時に、『自分のダチの悪口を言うな』と叱る」シーン。

 

「自分の友人を疑うな」という発言自体は、悪いことじゃない。
だけどそれを、自分を心配している弟に対して怒るか?という所。
友人の悪口を言われたら、例え弟であろうともきちんと怒りをあらわにする、と取るのか。
心配している弟の話を聞かない、と取るのか。
真っ直ぐな信念と取るか、融通がきかないと取るか。

 

私はドラパの一郎、「結構弟達に対して無自覚に傲慢(正義は翻って傲慢になりがち)(兄としての立場もある)」だと思っていたので、
このシーンに関しては、「ああ~~!一郎~!出ちゃってるよ~!そういうとこだよ~!」と、胸が苦しくなりながらも、でもまあ解釈的には一致やな……という感じでした。

逆にこのシーン大丈夫なら後はもう無限に格好いいから大丈夫だと思う。
基本的には包容力あって、弟想い仲間想いの一郎!!!ホンマに上のシーンだけ人を選ぶな…!?って思ったの。

一郎が、全てを凌駕して吠えるシーン、超~~~~格好いい。マジに格好いい。

 

あとね~~やっぱり俳優さんが流石TKNくんって感じなんですよ……。
キャラに対する解釈が滅茶苦茶上手いんです。

なんていうか、
「自分の推しに対して考えすぎて変なフィルターかかっちゃってるから、他推しの人がたまに話してくれる自推しが全くフィルターかかってなくてストレートに解釈してて凄く良い」現象ありませんか?
学会でも論じられていますね。他推しがたまに書く自推し最高現象。

 

TKNくんはそれ。フィルターの無い良さ。バイアスが真っ直ぐ。
極端な話、オタクに媚びようとか全然考えてない、ただ原作からこう受け止めました!ドーン!ハイ大正解!!!!!!(大声)って感じ。
色々言いましたが、マジに一郎なんですよ!!!
今作で一番人を選ぶかもしれないけれど、今作で一番キャラそのものなのも間違いなく一郎。
歌もダンスもめっちゃ上手いし声も滅茶苦茶寄せてる。二次元でも三次元でも俺は俺。大感謝。

 


②二郎

かわいい(確信)。足首ほsssっそい。
二郎に関しては、「作中随一で人に愛される才能がある」と思っているんですが、
俳優さんがちょっと舌っ足らずかな……という、本来あまり良く語られない筈の要素が上手い具合に作用して、
「馬鹿な子ほどかわいいーー!!」を見事に体現していました。奇跡のマリアージュ

 

後は作中のエピソードがすgっごく良い!!!!!
一郎に対しては盲目的、三郎に対しては「どれだけ張り合っていても根は『兄』」というのが随所に散りばめられてました。

特に三郎に対するスタンスがマジに良さの極み。

個人的に滅茶苦茶良かったのは

「どちらが情報を集められるか競争だ!だから俺は三郎より早起きして情報集めてやるぜ!……でもまぁ~可哀想だから出る時起こしてやるか……」

って所。めっちゃ良くない?張り合って→脳筋の考えして→でも最終的に弟を甘やかす(結果作戦が無意味と化す)って。
あまりにも解釈一致過ぎて、跡部インサイトのポーズしちゃったもんな。俺の脳内妄想がスケスケだぜ……。

あと顔、凄い好き。時々舌ペロするのマジにミケランジェロか?

 


③三郎

かわいい(絶対正義)。
声が似ているというか、声の方向性が似てるってこういう感じかな~って思いました。
特筆して何か、っていうのがうまく言えないんですけど、
可愛いの。かわいい。なんていうのかな。
「原作で表現されている三郎の可愛さ、生意気さ、兄二人に対する態度の違いなどをそのまま表現しました~」っていう感じ。
原作そのままのイメージそのまま。
ごめん、バブ度は3割増かもしれない。かわいい。実物で感じてくれ。

 


④左馬刻

顔が良い。
顔が良い以外の言葉を失うほどに顔が良い。
推しのことミロのヴィーナスだと思ってたらミロのヴィーナス出てくることある?
あったわ。KOKO-now here-


正直な話、台詞/演技に関しては一番成長の余地があるな、と思いました。(2度目以降段々良くなっていたのでやはり伸びしろ)
これは完全にバブ刻……ただし歌、ダンスになると一気に滅茶苦茶格好よくなるので、結論だけ言うとバブとの落差でお前は死ぬ。
台詞→歌にいった時、座ってる筈なのに階段から転げ落ちる感覚を味わえるのは今だけ!って感じだった。


脚本上のキャラクタは個人的に良かったです。
「一郎に滅茶苦茶執着している」と「25歳の大人である」が両立してました。
「一郎は俺が絶対に殺す」と思っていても、「一郎のダボなんざ助けるかよ。決勝までこれなきゃ、そりゃアイツがそれだけの男だったってことだ」って言える。
その姿勢がマジでブレない。まあ勿論助けてくれるんですけど。超格好良い。格好いいのにバブ。なんなんだよこの世界は。

あとブチギレた後にちゃんと「この前は迷惑かけたな」って謝れるの解釈大一致大勝利神感謝世界血湧き肉踊るって感じでしたね。

 

あ、あと、左馬刻のマイクだけスタンドマイクなの、舞台上だと滅茶苦茶目立つな~!!て思いました。

 

他の人が普通に動きやすいのに、一人だけあれ抱えてるの相当制限あると思うんですが、
それを感じさせないのは、俳優さんが扱いに慣れているからかな?と思いました。スタンドマイク滅茶苦茶馴染んでる。流石。

 


⑤銃兎

スタイルお化けか?そして顔が良い。声は高めを敢えて出してるのかな。(これ指摘があったのか2度目以降低くなってました)

 

TKNくんの一郎が「オタクのフィルター?知らねえ!俺が原作から感じた一郎はこれだ!ドーン!」って感じだとしたら、
MZEくんの銃兎、「この見た目、三人の関係性、参謀役まとめ役というポジション、一番の年上……そして煮凝りの解釈……、格好よくてスマートでかわいい、これがアンサーだ!どうぞ!」


っていう、こっちが困惑するくらいオタクに馴染む入間銃兎
馴染みすぎて困惑する。なんで煮凝りの解釈をすくいとった?

2.5次元の演技の上手さを感じる。マジで。
悪口じゃないの。違うの。困惑してるの。めっちゃ好きなの。めっちゃ好き。ほんまに好き。入間銃兎が好きな奴全員見てくれ。

「え!?入間銃兎がいる!?え!?でもこの入間銃兎は……え!?」ってなる。

性格が大人で面倒見が良くて実力があって忍耐強くて物理でも強くて先見の明があって仕事の出来る入間銃兎。

 

俺の妄想じゃ無かったのか……? 

 

左馬刻の行動なんてお見通しなんですよ、って笑って「うっせえ!」ってケツを蹴られ、「痛ったふざけんなテメェしょっぴくぞ!」って秒でキレたシーン、
私に都合の良い幻覚過ぎてびっくりしちゃった。幻覚じゃないの!?!?!?

 


⑥理鶯

おいおい、顔が良い(困惑)。
ハーフって凄い。彫りが深い。あと凄い低い声で寄せてくれてる。
多分声を寄せることに滅茶苦茶振ってるから若干棒読みに聞こえるかもしれない。あの低さで抑揚つけるの難しいんだろうな~~。
軍人というか武人。
理鶯に関しては、ラジオ並みに食事ネタが多かったですね。
=理鶯パート、おおよそがMTC三人のなごみエピになるのかわいかった。
銃兎も左馬刻も滅茶苦茶料理嫌がってるのに、理鶯の前では一度も否定しないし不味いとも言わないの、とても良かったです。
脚本上特別目立つ解釈はあんまり無い気がしました。
やっぱり料理ネタでかなり持っていかれる。かわいいね。


細かいシーンに殆ど触れてないのにこの長さだよ。

細かいシーンに関しては色んな方がレポ上げているし私よりずttっと分かりやすいと思うのでそちらで是非に!

 

「私の受け止め方と違うんですけど!?」って思った方もいると思う。
申し訳ないけど、こちら記憶が殆ど光に包まれている中で手繰り寄せているのであんまり気にしないで欲しい。

 

え~~~~~~~ん私の目がブルーレイレコーダーだったらいいのに~~~~~~!?!?!?働いてちゃお前を見に行けない、働かなきゃチケット代を稼げない。

 

 

ちなみに、ストーリーはうっすらと設定だけあって、キャラクターの設定を自分で練ったり妄想したり創作したりするのが好きな方に超絶おすすめな劇団四季の舞台CATSがただいま大絶賛公演中なのでよろしくお願いします!!!

 

ヒプステの脚本がすげ~~~~最適解だった話


みんな!! ヒプノシスマイクルールザステージはもう観た!?!? まだ!?!?
公式動画は観た!?!? まだ迷ってる!?

1分04秒の動画ではまだ判断できない!?

最高だったよな!?!? 何を迷ってる!?!?

 

脚本!?!?!?!?
構成!?!?!?!?!?


すげ~~~~~~~~良かったよ!!!!!!!!


いや、より正確に言うと、


すげ~~~~~~~~~最適解だったよ!!!!!!!

 

勿体ぶるな?もうネタバレ気にしないから詳細な情報が欲しい!?

推理小説では犯人を知ってから読みたい!? オッケー!!!

 

今からクソ舞台ソムリエが、ごくごく個人的な脚本に対する感想を全力でネタバレするので、少しでも「行くかどうか迷う~~!」という方の参考になれば嬉しいです。
クソ舞台ソムリエというのは2.5もオリジナルも問わずあまりにもクソ舞台を踏み続ける私にこの前友人から贈られた称号。つらいな。

 

なお、極力ネタバレを排除した、「こういう人にはオススメだけどこういう人にはオススメしません」っていう日記もこの前書いたので、ネタバレお嫌でしたらそちらご参考下さい。


って言っても、記憶がかなり光に飲み込まれています
思い出そうとしても、「推しが眩しい光に包まれていた」「よく覚えていないが幸福な気持ちだった」「台詞?エモかったことしか分からん」という部分が多いです。
実際見てみたら違うんですけど!?ってこともあると思います。

今のうちに言っておきます。気が狂ったオタクの言うことなんて信じるな!!


さて、脚本を好き勝手に語るに当たって、私の立ち位置というか、

ヒプマイくんとの付き合い方について最初にお断りしておきます。

 

ヒプマイくん原曲→スパダリ彼氏。
ヒプマイくんドラパ→抜けた所もあるほっとけない彼氏。

コミカライズ→DV彼氏。

 

以上です。

 

この時点で、自分とお付き合いの仕方が違うな~!?って思われた方は、脚本に対する捉え方がそもそも違う可能性が高いです。全然参考にならんと思う。
当方、舞台の専門家でも無ければ文筆家でもなく、深い考察とかするわけでもない、スーパーライトなファンです。か~んべん!

 


ではでは、脚本が何故「最適解」なのか? その話をする前に、舞台オリジナルキャラクター『アカバネディビジョン』について語ります。


まず基本となるストーリーですが、もうね、超簡単。めっちゃ明確だった。

あのブクロVSハマ(WARWARWAR)の試合の前には、もう一つ、因縁の試合があった。

ブクロVSアカバネ

アカバネディビジョンのメンバーとブクロの因縁とは?
ヨコハマディビジョンとの関係は?
各々が己の信念のために動く中、果たして勝負はどうなるのか━━━━!?


ブクロが勝つよ。


そりゃあブクロが勝つよ。勝たなきゃしょうがねえ。
だから、ストーリーに関しては、どんでん返しも無ければ、アッと驚く展開もない。
最高の予定調和。必ず最後に愛は勝つってくらい予定調和です

だからこそ、ストーリーの焦点は皆が気になっていたアカバネディビジョンの存在です。

今回の舞台は、このアカバネディビジョンをどう受け止めるかが、楽しめるかどうかのキーポイントだと思います。


ここでアカバネディビジョンのメンバーを紹介するぜ!!


リーダーのカズ!!10年前に別の街に引っ越してしまった一郎の幼馴染だ!!

 

いや待って、10年前ってヒプノシスマイクの世界において未知の領域なんですけど!?!?!?!

 

もうね、10年前って聞いた瞬間に目見開いてしまった。

10年?私の作ってたヒプマイ年表5年しかないのに?

H歴になってから2年しか経っていない世界で、10年前って、

もう体感的には平安時代でしょ。
ジャンル古文竹取物語と同じ。日本で最初。恐らく公式で出てるどの情報より過去。

 

10年前って、WWⅢ真っ最中?それよりも前?平成?この世界の平成っていつ?夢幻先生令和まで歌ってたけどアレ皆どう受け止めてる?
そもそも一郎の10年前ってその時もう三人とも施設?両親は?両親そもそもいるの?ていうかブクロにいたの?

 

何も分からねえ。これが俺達のヒプノシスマイク!!!!!

 

ここが受け止められなかったらもうヒプステ、絶対観ない方が良い。だってこれ、カズが10年前に一郎と幼馴染だったことを受け止めないとどうしようもないもん。

 

「OK、何も分からないが10年前に一郎とこのカズって奴は幼馴染だったんだな」

 

そう思えたら大丈夫。っていうかヒプマイくんって基本的にそのスタンスで受け止めるしかねーんだ。俺はそう学んだ。コミカライズでな。


次のメンバーを紹介するぜ!


続いてコクリリョーザン!!以前左馬刻にぶちのめされて恨みを抱いてるぜ!!

カズと比べて凄いスムーズに受け止められました(私は)。左馬刻にぶちのめされてる人類概算10万人くらいいそうだし全然ある。


最後にサラギケンエイ!!元軍属でヒプノシスマイクの開発に関わっていた男だ!!

お前も受け止めやすいな!!絶対そういう男はいるもんな!でも個人的に漢字、四十物よりも読めなかったぜ!!


さて、この時点でもう察せますが、今回の舞台、カズと一郎の話と言っても過言では無い。

 

ブクロVSアカバネ

アカバネディビジョンのメンバーとブクロの因縁とは?

 

とか勿体ぶって言ったけど、実際これはカズと一郎の因縁です。
二郎三郎、カズのこと知らないし。まあ10年前って当時5歳と7歳だし……

 

というかだから、その時この三兄弟がどうだったかなんてマジで分からないんだよ。マジで。一郎と左馬刻の因縁すら分からないのに平安時代(体感)のことなんて分かるかよ!!!!
(コミカライズに出てきた5年前の3人が、既に施設に入っていたというのが私の把握してるブクロ最過去なのですが見落としてたらすまねえ)


ではヨコハマディビジョンとの関係は?
これは2番手のコクリリョーザンとサマトキですが、正直かなり薄いです。
左馬刻からすれば10万人ぶちのめしたうちの一人だから……(幻覚)
後は3番手のサラギケンエイが元軍属というので、理鶯との間接的な絡みがあります。

 

え、じゃあヨコハマは出番少ないの!?って思うじゃん?全然そんなことない。
出番はマジでほぼ均等(体感)です。

 

そしてこの均等というのは、アカバネディビジョンを含めての均等です。
ブクロハマアカバネ全てが均等です。
これに関しては……意見は別れるのだと思います。私は超OKでした。

 

何故かというと、ブクロハマに対するリスペクトと同様に、

アカバネという、この舞台のために生まれた存在に対するリスペクトを感じたからです。


また、これ後ほど語りたいんですが、
アカバネディビジョンをしっかりと描ききらないと、ヒプステ、それこそマジでクソ舞台になりかねない。
そういう凄い綱渡りの上に出来上がった脚本だと感じました。

 

まあ、カズに注力しすぎて、コクリくんとサラギさんは薄いんですが、まあ、カズと同じ熱量注ぐとそれこそアカバネ100%になっちゃうから仕方無い面はある!!バランスって難しいね!!

 

脚本ネタバレって言っても、実は大枠これくらいしか話すことないんですよね。

そうですね。一郎がカズと二人で花火打ち上げたり、左馬刻が理鶯の料理回避のために日替わりで色んな場所が痛くなったり、二郎三郎がゲームしたり、銃兎と理鶯がデュエットしたりします。
見て。

 

でもね~~あとぶっちゃけるとね~~アカバネの3人、

マジで全員滅茶苦茶上手いんですよ。ラップもダンスも。

 

私、歌とかダンス上手いとそれだけで好きになっちゃう、そういうオタクなんです。チョttッロイ。チョtttttttttロイ。
特にカズ。ヤバイ。すげ~~~~~~~上手い。声の伸び方が違う。歌手の歌い方。
演技も違和感無くて、え?舞台経験そんなに無いのマジで?って思った。
だから出番が多くても「よっしゃ!上手い歌が聞けるで!」「よっしゃ!格好良いダンスが見れるで!」って感じだったので、私はノーストレスでした。


逆に言うと、ブクハマが見られれば歌や踊りは多少難アリでもOKだけど、ブクハマ以外は観たくない!って人には辛いんじゃないかな。

 

ということでアカバネディビジョン、良かったです!!!
理論的にはスーザンボイル女史と同じです。実力があるってそれだけで凄いんだよ!!!!!!


さて、アカバネをさらっと触れた所で、今回の本題。脚本を何故「最適解」と称したか。

ここから真面目な話になります。ビックリマークも減ります。

 


そもそも最高の舞台の脚本って何でしょう?

 

好みは人それぞれです。私が最高だと断言するRENTは、エイズに苦しむ人たちという社会問題に触れながら、本当に美しい人間の愛を描ききっていました。
或いは、ジェンダー問題に触れながら圧倒的な力強さを見せたキンキーブーツ、蜘蛛女のキス? 或いはフランス革命に命を燃やしたレ・ミゼラブル
女性犯罪者を描いたChicago? それとも文学性でしょうか? 川端康成の表現力のような? 坂口安吾のようなファルス観?

 

ヒプステくんが「最高の脚本か?」って聞かれたら、私は首を横に振ります。
何故なら私は「舞台として」最高の脚本を他に知っているからです。「ストーリー性」として最高の文学を他に知っているからです。

 

でも、「舞台ヒプノシスマイクの脚本は最高だったか?」って聞かれたら、

私は全力で頷きます。

 

それは、ヒプノシスマイクという作品は舞台化するに当たってあまりにも制限が多いからです。
私は過去のブログで「ヒプステには、原作に対するリスペクトがあった」と書きましたが、そう感じた理由はここです。

2.5次元舞台として、有り得ないくらいの制限の中でヒプステのストーリーは存在しています。


①「ここはとある本丸」理論が使えない

刀剣乱舞を通ってきている方ならこの言葉で分かると思うのですが、パラレルワールドというのは最強のジョーカーです。
「これは君の本丸の話」「これは貴方の本丸の話」「これは私の本丸の話」。そういう風に世界を分断できます。
勿論大元の設定は守らなくちゃいけませんが、それでも自由度はかなり高い。
刀ミュと刀ステは同じ設定じゃなくていい。花丸でミュージカルしてもいい。
そのことに対して、違和感もありません。だって別の世界なのだもの。別の世界があって当然です。

だけどヒプノシスマイクは違います。

曲もドラマCDもコミカライズも、全て一つの世界の物語です。
一つの世界の切り取り方が違うだけ。だからそこに矛盾があってはいけません。
視点による勘違いは許容されても、矛盾は通らない。
これが第一の制限です。
現在展開されているストーリーに対して、「矛盾出来ない」
でもこれだけなら、まあまだ全然良いんです。ただし問題は次。

 

 

②公式で全然設定が明かされてない。

 

矛盾できないのに!?!?!?!?!

 

矛盾できない、設定を守らなきゃいけない、なのにそのルールがブラインド。見せてくれよ。ランブロか?


2年間でどうやって中王区は現体制まで持ち込んだのか?
ディビジョンはどこまでどう分かれてるの?戦争してたなら街は?物流は?諸外国との国交は?貿易は?
中王に入れなかった女性はどういう基準?
二年前までラップなんて触れてなかった筈の人たちが当然のようにラップ出来るのは何故?
そもそもマイク無料配布みたいなのしてたけど今じゃマイク配られてないみたい?
スピーカーが具体的にどういう効果があってどう作用するのか?
そもそもキャラクターの性格すら私たちは本当に理解できているのか?


分からないことが多すぎる!!

 

私は世界の隅っこで妄想を吐き散らかしているだけの人間ですが、初めてマイクの小説を書こう!と思った時に、「高速道路って存在してるのか……?」(戦後日本がどうなってるのか、4ディビ以外沈没してたりしないのか、存在したとして人が存在しているのか等当時はマジで分からなかった)となって一文字も書けず途方に暮れたことをまだ覚えてます。

 

物語を一本作るって、その世界の状況をきちんと定義しないと、マジで車に乗せることすら困難になってしまう。
だけどヒプマイくんはそこがまだ全然明らかになってない状態なんです。
勿論我々ファンとは違って制作サイドですから、ある程度、裏資料など共有はあるのでしょう。でもね、マジでここがまた問題なんです。

 


③原作音源で明かされていない設定を無闇に使えない。

 

設定明かされてないのに!?!?!?!?

 

これは正直、ファン心理への配慮だと思います。

原作の曲やドラパで明らかになっていない重大設定を舞台で明らかにするのはあまりにもリスキー。
極論、一郎と左馬刻の因縁、舞台で明かしたら流石に原作でやれってなるでしょ。
或いは理鶯と銃兎の詳細な出会いシーンとか、二郎三郎の出生とか、そういう重要な設定、舞台が初出になったら流石にちょっとなあって、思う人は多いと思います。
そして極めつけにこれ。

 


④原作ストーリーをそのままなぞれない。

 

新しい設定出せないのに!?!?!?

 

いや、原作ストーリーなぞればええやんけ!?って気持ちは勿論ある。どうしてそうしなかったのか、一ファンの私には勿論分からん。
諸処の権利関係か、ネルケ側の提案か、或いは公式が新しい試みをしたいと思ったのか、何を考えても邪推です。
ただ脚本は、オリジナルストーリーで依頼されたという事実だけがここにある。

 


以上、四つの制限を振り返りましょう。

①原作設定に矛盾はできないが
②原作で設定はほとんど明かされておらず
③新しい設定を付け加えることも開示することもできず
④全く新しいストーリーを作らないといけない。

 


無理じゃない?????????

 


無理でしょこんなの。いや無理無理。

この制限を踏まえた上で、整合性のある無理の無いストーリーでキャラクター全て誰ひとり貶めることなく、見せ場を作り、均等な出番を用意するなんて、そんなの

 

 

無理じゃなかった。

それが舞台ヒプノシスマイク。

 


凄くない?????? 凄いんですよ。

凄いんです!!!!!神感謝!!!!!!!!!

 


何せこれらの条件を踏まえて見ると、本当に今回のヒプステの舞台は、

 

「公式で出ている情報だけを最大限に使い切ってキャラクターを描く」ことに特化してるんです。

 

一郎が「でもとかだってとかカマくせえこと言ってんじゃねえ」というの、完全に原作ドラパから。

 

二郎と三郎が、アカバネディビジョンのチームを調査するシーン。
友達に聞きまくる二郎と、ネット等を駆使する三郎。これは完全にドラパで一郎から与えられたミッションをこなす姿と一緒です。

 

左馬刻が一郎の名前を出されるとすぐにキレる所は勿論。
「一郎が負けたら左馬刻に八つ当たりされる」と考える入間銃兎は、敗北した後のドラパで左馬刻に八つ当たりされると思い込んでる姿に重なります。
理鶯のサバイバルクッキングはサバイバルクッキングなのでサバイバルクッキング。

 

ここに挙げたのは一例ですが、舞台ヒプステは随所にこういうシーンが散りばめられているんです。

 

あれだけの制限がある中で、全く新しいストーリーを作りながら、信じられないほど忠実に原作の設定を守ってくれる。

 

これ、一歩間違えば「ただの原作の焼き直し」です。原作でやったことをまたやってるだけでしょ?って。


だからアカバネディビジョンだったんだと思います。


アカバネディビジョンが生まれたのは必然だったと思います。極論、新しいキャラクターなら設定は自由なので、物語を動かすこともできる。

かつて左馬刻に潰されたチームの男とか、理鶯の所属していた軍の男とか、原作で既に明かされている設定以上のことを加えないでキャラクターに色付けできているのは、きちんと原作に向き合っているからこそではないでしょうか。

 

ちゃんとヒプノシスマイクの世界で、生きて悩んで苦しんで信念を持っているアカバネを描いたから、
このヒプステは「原作の焼き直し」じゃなくて「舞台ヒプノシスマイク」になった。

 

無味乾燥な、どうでもいいモブみたいな敵だったら、きっと私はブクロとハマのことしか考えなくって、
原作で見たブクハマの姿だな~で終わってたと思います。

 

でも舞台を見終わって、私はアカバネディビジョンのこと大好きになりました。
武力の代わりにマイクが力を持った世界で、
マイクの力に溺れる男、マイクの力に魅了された男、マイクの力に人生を滅茶苦茶にされた男。
ちゃんとそれぞれの人生がありました。それぞれの人生があって、理由があって、戦ってたんです。
そういう男達と向き合って戦った、ブクロとハマがそこにいたんです。

 

アカバネが生き生きとしていたから、それと向き合うブクハマも「焼き直し」じゃなく生き生きしてたんです。


繰り返しますが、そもそもアカバネの存在自体が既に無理な場合、絶対に観ない方がいい。
脚本が設定を守っているか心配な人、マジに大丈夫。超オススメ。
脚本にストーリー性や文学性を求めている人、正直迷う。多分劇団四季ジーザスクライストスーパースター観るのが良いと思う。

キャラクター解釈で迷ってる!っていう方、参考になるか分かりませんが、私の超個人的なキャラ感想は次のブログで書きました。

 


私は、ヒプステを最高の脚本だとは言いません。
何故なら私は「舞台として」最高の脚本を他に知っているからです。「ストーリー性」として最高の文学を他に知っているからです。

 

でも、「舞台ヒプノシスマイクの脚本は最高だったか?」って聞かれたら、

私は全力で頷きます。


沢山の制限がある中で、ありったけ原作を大事にしてくれて、キャラクターを魅力的に描いてくれたヒプステに、世界の隅っこの一ファンからありったけの感謝を!!

 


みんな!!

舞台ヒプノシスマイクは最高だぞ!!!!!!!!

 (千秋楽は今週の日曜19時ニコ生もライビュもあるぞ!!)

 

私とヒプノシスマイクくん、或いはオタクと公式、そして顧客と企業

 

舞台ヒプノシスマイクに関しての、一オタクとしての感想を書いたら、思いのほかRTされていました。驚きました。
こんな辺境の発狂(韻を踏みたかった訳では無い)をわざわざ読んで下さった方ありがとうございます。
これも、沢山の方がこのコンテンツに関心があるからなのでしょう。

 

さて、あのブログは完全に布教用、というか、ダイマ用に書きました。
対外向きです。
そして今から書くのは私用、というか、私自身のスタンスのメモ書きです。
決意表明って言ったら大げさ過ぎるのですが、
「私はこういう気持ちでヒプノシスマイクくんに向き合っています」という、
壁に向かって自己紹介しているくらいのつもりです。

 

だから別に、これを読んで下さっている貴方様に向けたものでも無いですし、
「こういう風に考えろ」って言いたい訳でもありません。

 

「ああ、こういう考え方もあるんだな」「コイツはそう思っていても私はそうは思わない」
そういう風に、貴方様の思考の一つのサンプル、或いは叩き台くらいにはなるかもしれない。
でも本当に、自分用です。このブログに対して、正しいとか間違ってるとか頂いても、私の話なので…としか返せないです。

 


さて、前置きはこれくらいにして、私とヒプノシスマイクくんの話をします。
タイトルにもあるように、これは私とヒプノシスマイクくんの話ですが、
ひいては、私というオタクが公式にどう向き合っているか、
私という顧客が企業にどう向き合っているか、
そういう話でもあります。
範囲が広すぎてうまく話せる自信は無いので、最後まで読んで下さる奇特な方は適宜行間を読んでやって頂けると助かります。


ヒプノシスマイクくんとの出会いは覚えていませんが、多分バトルアンセムの動画のRTとかかな。
爆発的に人気が出た時のその瞬間に、まさに波乗りって感じで出会いました。
一年以上経つことに驚いてます。

 

さて、このヒプノシスマイクくん、良くも悪くも話題性が滅茶苦茶高い。
敢えてここでは悪い評判の話だけをしましょう。

 

・円盤の売上でチームの勝敗を決めるというAKB商法。
・音源から始まった筈なのにコミカライズでの重要設定展開。
・設定や脚本の甘さ。矛盾。構築しきれていない世界観。キャラ造形の薄さ。
・既存チームの掘り下げが進まない中での新展開。
・強制グッズ付き18000円という2.5舞台としては異例の高価格チケット。

 

例えば5つ、挙げてみました。
なお、私はこれら(或いはその他公式発言など)に対してこの場で議論をしたい訳では全くない。
あくまでも例として、実際に自分の目で見た悪評判の話です。
ですから、上記に関して「いやそれはなあ!」とか「ちがくて!」と思われた方、取り敢えず一端拳を下ろして下さい。
むしろ議論をしないためにこのブログを書いています。最後に書きますが、私得意じゃないんです。

 


さて、何故わざわざ、自分が今応援しているコンテンツの悪評判を書き連ねたかというと、

 

「このヒプノシスマイクくん、途中でオタクを止める、追いかけなくなる要素は多々ある」

 

という話をしたいからです。
多々あります。あると思います。
じゃあ何故私は未だにヒプノシスマイクというコンテンツを追いかけているのか?
理由は大きく分けて2つです。

 

①この悪評判/自分自身嫌だと思ったポイントを乗り越えてなお応援したい気持ちになる要素がある。

②そもそも私はそれを(そこまで)悪い点だと思っていない。

 

大別してこの2点です。
何当たり前のこと言ってるの?って思うかもしれません。
そうです。当たり前なんです。悪い所があるって言われてるのに応援してるのは、
それでもなお好きになる要素があるか、そもそも悪いと思ってないかのどちらかなんです。
逆に言えば、

 

どんなに好きでも許せない。

それは普通にやっちゃいけないでしょ。

 

そう思った時に、私はそのコンテンツの応援をやめます。

 

お気づきかもしれませんが、これはもう既に、「私とヒプノシスマイクくん」の話ではなく、
「(私という)オタクと公式」の話に広がっています。
私というオタクは公式に対して、どんなに評判が悪かろうが自分が嫌な気持ちになろうが、
①②の気持ちを持ち続ける限り応援しますが、それが無くなったら勿論やめます。
だって趣味なのだもの。許せない、個人の倫理的に無理、と思ったものに触れ続ける道理がありません。

 

さて、先程上げた5つの悪評判。
未だにオタクとして応援している以上、私は先ほどの悪評判に関して、①か②の気持ちを抱いています。
これに対して、じゃあ私はどういう風に思っているのか?

 

それを一口で言えたら簡単なんですが、ここにはまた、

「オタクと公式」「顧客と企業」

これについて、私がどう考えているのか絡んでくるんです。

 

「オタクと公式」については、先程チラッと触れました。
こういうことになったら応援しないよ!っていう話ですね。
でもね、そもそも、応援しているコンテンツに悪感情なんて抱きたくないんですよ!
っていうか好きだな!って思ったから応援している訳で、最初から嫌いなものをそもそも応援しないですし。
だからあばたもえくぼ、多少、いやかなり、甘甘です。ジャッジライン。
また、キャラクタや世界観に関しては「公式が法律」という考え方をしています。悪しからず。

 


更にここで「顧客と企業」について私がどう考えているかの話が加わります。

 


企業である以上、利益を出さないといけません。そうでなければ運営出来ないから。
企業の主目的は利益です。社会福祉じゃないんです。
人がハッピーになって更に利益も出たら最高だよね!とは思いますが、利益が出ないなら倒産するだけです。
だからといって、利益だけを追求しても顧客はついてきません。
利益を出すために「顧客満足度」がある訳です。

 

だから企業は、顧客にとって魅力的な商品を作ります。
作るだけじゃ気がついて貰えないから宣伝をします。
事業拡大させるために色んな手段を使って、試行錯誤していきます。
そこには対象顧客がいて、ターゲット層がいて、それに合わせた企業戦略があります。

 

国や公共事業の話になったらまた別だとは思いますが、一般企業って、そういうものです。
そういうものだと私は隅っこの一社会人として思っています。

 

ヒプノシスマイクくん(別に他のコンテンツの名前でもいい)は、企業の商品です。

 

顧客である私は、ある商品に魅力を感じました。
素敵だなと思ったので手に取りました。
お金を出して良いと思ったのでお金を払いました。
商品が様々に展開していきます。
その中には私にとって魅力的ではない商品もあれば、
私がターゲット層ではないものもありました。
私はそれを買いませんでした。
また私にとって魅力的な商品が出ました。
私はそれを買いました。

 

さて、魅力的では無いけれども、それを買うことで他の商品が一層楽しめる(かもしれない)(むしろ下がるかもしれない)
そんな商品が出ました。

 

私はそれを買うかどうか?

 

ここで私を動かすのは、多分、今までその企業が出してきた他の商品に対する信頼や、或いは義務感かもしれない。
その選択権は顧客である私にあります。
抽象的で分かりにくいでしょうか。

 

最高に魅力的なキャラクター(商品)を企業が作り上げたけれど、そこからの商品展開が博打並みに当たり外れがある時、どうするか?
あけすけに言ってしまえばそういうことです。

 

私に限っての話ですが、言ってしまえば、最高に魅力的なキャラクターを作り上げた時点で企業の勝ちです。
私は博打でも金を払うでしょう。それだけの魅力があると思うから。そのキャラクターを作って提供してくれた時点で、お金を払おうと思うからです。
お金を払わない人もいるでしょう。当然だと思います。個人の判断基準です。
とはいえ果たしてこれは顧客満足度が高いと言えるでしょうか?

 

もしも同じだけ魅力的なキャラクター(商品)が出てきて、それがいつもとてもハイクオリティな商品展開をしたら?
顧客はいずれそちらに流れます。だってその方が素敵だからです

 

この流れに対して、私は「商品を大切に展開しない企業が悪い」「雑な売り方をする企業が酷い」とは思いません。
勿論、いつか別の商品に流れる自分や誰かのことを「魅力を忘れた人間」とも思いません。
この流れに対して、私は一切の善悪を語ろうとは思いません。
「この企業と商品はそういうものだった」「私は自分の望む範囲でそれに対価を支払った」。
以上です。
勿論、広告法とか独禁法とかに触れていたら、それは善悪というか、もう司法の問題になってくるので今回の語りの範囲外ですが。

 


長々と話しましたが、ここまで踏まえた上で、もう一度戻ります。

 


さて、先程上げた5つの悪評判。
これに対して、じゃあ私はどういう風に思っているのか?
ヒプノシスマイクくんに限らず、公式に対して私はこういうスタンスです。

 

・企業なので利益を出そうとするのは当然。
・商品の展開は企業の自由。
・展開方法が好みで無かった時に離れていくのは顧客の自由。
・ターゲット層以外に対してのフォローやケアを怠るといずれターゲット層にも影響が出かねない。
・結果商品が売れなくなったら企業努力の問題。

 

以上です。
ヒプノシスマイクくんに対しては、
①悪評判/自分自身嫌だと思ったポイントを乗り越えてなお応援したい気持ちになる要素がある。
②そもそも私はそれを(そこまで)悪い点だと思っていない。
上記①②の気持ちはマーブル模様に組み合わさっています。
これがいつか許容できなくなったら私は別の商品を買うでしょうし、
或いはもう最高のものを提供されて、ひたすら両手を挙げて踊り狂ってるかもしれない。

 

でもいちいちそれを話すのも面倒くさいので、大体「いぇーい!」って言ってます。

 

私も顧客なので、買った商品のここが良い、と同じようにここが嫌!って話も勿論します。
友達と飲んでる時に、「マジでこの公式展開は無いわ…」とか愚痴ったりもします。
でもそれを誰かに押し付けたい訳じゃないんです。

 

極論、良い商品だと思って買ったのにゴミだったわ!お金ドブにしたわ!クソ!って全然言うけれど、
それを「凄い良い商品だった!」って言っている人に対して、「私はそれゴミだと思ったんですけど!」とかわざわざ言いに行きたくないです。
同様に、「凄い良い商品だった!」って言っているものに対して、「それ私にはゴミでしたけど?」って言われたら困ります。
議論が苦手っていうのは、そういう話です。

その話がしたい方も、勿論いらっしゃるのでしょう。話すことが悪いことだとは決して言いません。
これは好みの問題です。はっきりと私は宣言します。私は論じたく無い人です。

 

そしてこれは、そういうコメントが来たから書いたとかでは無いのでご安心下さい。
ただ、自分がどういう向き合い方をしているのか、自分で言葉にしておかないとすぐわかんなくなっちゃうアホなので……。
実際、書いてはみましたが、なんかちょっと違うかな?うまいこと言えないな?って部分凄いあるから、
日本語って難しいな~~~~~~~!?!?(アホの結論)

 

ということで、以上、私とヒプノシスマイクくん、或いはオタクと公式、そして顧客と企業。

ひいては私の自己紹介でした。
もしもここまで読んで下さった方いたらありがとうございます。いつかお互いのハッピーコンテンツで会おう。

 

マジでヒプステがすげーーー良かったって話

 

 

マジでヒプステがすげーーーーー良かったからその話をします。
観に行くか迷っている方がいたら、参考になったら嬉しいです。
ヒプステってなんぞや?って方も、興味を持ってもらえたら嬉しい。
でもあんまり参考にならんかもしれん。何せこちとら、気が狂ってるオタクなので……狂人の言うことやけん、あんま信じないで……。

 


まず大前提の話からします。そもそもヒプステってなに?

 

それは現在勢いに乗りに乗っているコンテンツヒプノシスマイクの舞台です。
ここ数年各所から言われている「また舞台化かよ!」というお言葉のとおり、また舞台化です。


最近は2.5舞台というのが紅白に出たりメディア露出も増えていて、ファンとしては嬉しいような……マジでそっとしといて欲しいような……そういう……。

ヒプノシスマイク、最近だと、新チームであるどついたれ本舗がクリーピーナッツさんに楽曲提供を受けたりして、さらに話題になってますね。
正直な話、クリーーーピーーーーーーナtttッツさんの曲提供、あまりにも羨ましすぎる。私の推しにも提供して欲しい。
私の推しの話は別の日記でします。

 

あと今回の舞台化、マジで話題をさらったのが、

 

18000円っていうちょっと信じられないくらい高いチケット代。

 

2.5次元舞台の値段としてはちょっと有り得ないくらい高い。余裕で帝劇見れる。劇団四季だってS席で見てお釣りでる。
っていうかテニミュなら3回見れる。どうしたんだよその強気の価格設定は。

訳が分からん。

 

蓋を開けてみれば、TシャツとかCDとかバッグとかチケットケース、果てはブブゼラ(舞台でブブゼラって何だよ!!静かに見させろ!!)などがセットになった価格だったわけで、

 

物販でやれ。もうね、皆思ったと思う。物販でやれ。

 

せめてリピーターチケットだけでもグッズ無しのを準備して欲しい。グッズなし12000円とか、リピーターだけとかでもいいから。
自宅にブブゼラ5個もあるオタク、ラグビー関係者以外許されないでしょ(これはラグビーに対する偏見です)

 

値段以外にももう一つ、ネックというか、なんというか。

元々のコンテンツが「声優さん中心の音楽&ドラマパートで進む」筈の物語が、
コミカライズ化して、コミカライズでどんどん世界観の根幹設定が明らかになったり、明らかに脚本に無理があるのでは!?ってシーンがあったりしたことで、

 

「大本である声優さんやドラパないがしろにされているのでは!?」という空気が多少なりとも界隈にありました。

 

そんな中で、さらに2.5次元化という、謂わば「また声優さんから離れていく」という点でも、
ファンの人が気軽に観に行くには二の足を踏むような状態があったと思う。あ、ここまで全部主観ね。
というか今更だけどこのブログの内容、主観しかない、マジでただの私の感想だから、それは違うなーと思ったらそれは違うなーと思ってください。


まあ、そういうこともあって、舞台化の話題が出た時、ファンの空気は穏やかなだけとは言えませんでした。


18000円かけて(一部からは)望まれてない舞台を見に行くって、下手したらそういうことになるからね。嫌だよねそんなの。


そんな、舞台ヒプノシスマイクが、本日初日だったんです。


観に行きました。どうだったかって?このブログのタイトル思い出して。

 

すげ~~~~~~~~~~良かった。

すげ~~~~~~~~~~~~~~良かったの。

 

良かったんだわ!!!!!

 

だから、なんていうか、こう、入口のハードルの高さというか、
そういう事前情報でちょっと二の足踏んでた人が、
後から「やっぱ見ときゃよかった~~~~!!!」って後悔しないで欲しいんです。

そして加えて言うならば、
18000円かけて観に行って、「いや……マジで微妙だったわ……」って悲しい人があんまりいないといいなって思う。


なので私は、
こういう人にはオススメだけど、こういう人にはオススメしません!!
っていう、そういう話をしようと思います。

極力ネタバレはしませんが、どうしたって多少は入ります。
あと、演出、構成に関してはガンガンのガンガンに全部ぶちまけていくので、
何も知らない状態で観たい方は、18000円のガチャを引きに行け!!!以上だ!!!

 

まず私は狂っているので、せめてどういう色眼鏡を持っている人間かを説明します。

そもそも、2.5以前に、私は舞台(特にミュージカル)が大好きでした。
2.5に出会ったのは結構遅くて、入口は安心の俺達のテニミュです。
初見はね、大爆笑したの。こんな歌下手なことある!?って。こんな演者が未熟な舞台がある!?って。
今?テニミュ追いかけて9年目です。まだまだ新参です。テニスサイコーセイヤー。俺の心は100%テニスが支配する。

 

ということで、そもそも2.5に対してかなり好意的ですし、ミュージカルに対しての抵抗感が皆無です。
「いきなり歌いだすからミュージカルが苦手」という意見に対して、
「いや、日常生活でいきなり歌いだしたいでしょ????死ぬ前絶対一曲歌ってから死にたいでしょ???」って返しちゃうくらい、苦手な方への共感性が無い。
そういう奴の感想です。オッケー?OKOK。

 

ここが重要なんですが、
2.5の舞台に求めるものって、帝劇とか劇団四季とかに求めるものと全然違うんですよ。

それで、更に言えば、2.5を観る人たちの中でも、2.5に求めてるものって違うんです。
だから舞台って難しいし面白いなって思います。

 

つまらね~~自分語りはやめてヒプステの話しろってな。ごめんね。

 

何が言いたいかというと、「貴方は25舞台(今回はヒプステ)に何を求めるか」
これをハッキリさせましょう。これをハッキリさせればもう安心です。
ヒプステ見て悲しい気持ちになるのは寂しいからね。苦手なものをわざわざ観る必要は絶対無いと思います。


まず、「声優さんから好きになったのだから、キャラクターは声優の声でないと無理」という方。

 

やめときましょう。

 

俳優さん達は、頑張って凄い寄せようとしてくれてます。それが伝わる舞台でした。

それが伝わる時点で私はOK(原作へのリスペクトがあるとみなす)ですが、
でも俳優さん、声優さんじゃないし。
声は違うよ。そりゃね。どうしようもないよ。
声は違いました。方向性は凄い頑張って似せてくれてました。
個人的には三郎くんとか凄い良かった。あと銃兎はなんか……二次創作読んでる時に聞こえる兎の声って感じだったな……個人的な感想です……。

 

次に、「重厚なストーリー、伏線、あっと驚かせる展開などの脚本の妙」を期待している方。

少し迷うところですが、やめときましょう。

っていうか誤解を恐れずに言わせてもらうと、そんな重厚で伏線が綺麗にハマるような脚本、公式でもありましたか!?
あんまなくない!?私はヒプマイくんのことハイアンドローだと思ってるよ!!格好よければそれでいいんだよ!!イカしてればいいんだよ!!

 

ちなみに、ストーリーに関して、「原作の設定を壊さないもの」であることを期待している方。


OKです!!大ジョブ!!安心して!!イケてる!!


今回、アカバネディビジョンという新たなチームが出てくることが事前に判明して話題になりましたが、
言ってしまえば今回の舞台は、このアカバネVSイケブクロです。これは開始15分くらいで分かる。


ブクロVSハマのバトル(決勝リーグ)の前、
予選リーグ最終試合でアカバネVSブクロのバトルが行われる……果たして勝者は……!?

 

いや、そんなの決まっとるやんけ。

 

そういうことです。原作のストーリー壊すも何も。決まってるから。大丈夫。安心して。
なんならもう私たち、ブクハマの結果もシブジュクの結果もそこから先の結果すらも知ってるじゃん。な。大丈夫。

 

ついでに言うと、原作で触れられていない設定やキャラクターが出てくるのが嫌な方、
もうお分かりだと思いますが、やめておきましょう。

バンバン出てくるよ。すげ~~でる。既存キャラにもガンガン絡むよ。嫌ならやめとこ。
もうアカバネディビジョン出た時点で駄目だよ。


ここまで読んで下さった方は、多分こう思うと思います。


いや、なんでお前最初にあんなに絶賛してたのか全然分かんないんだけど?って。


ここまで一個も褒めてないですものね。はい。こっからですよ。こっから。

 

つまり私の色眼鏡の話。私が舞台に期待しているものです。

 

ヒプステくんは、私の期待しているものに対してパーフェクトに応えてくれたんです。
って言っても、簡単です。大きく分けて2つ。

 

①原作へのリスペクトがあること。

②舞台だからこそ出来る演出をしていること。

 

これです。これが上手く出来てる25舞台は私にとって良い舞台なんです。

 

まず①原作へのリスペクトですが、少しお話したように、まず役者さんが凄い頑張ってキャラの声に寄せようとしてくれているのがすっごい伝わる!
実際寄せきれているかどうかの話はしてない!それは置いといて!伝わるんですよ!役者さんの熱量が!
役者さんの熱が伝わるのは良舞台の必須条件です。役者さんが死んだ顔してる舞台見た事ある?マジに虚無だよ。

 

あとこれはまあ人によるとは思うんですが、有り得ないほど顔が良い。
びっくりした。マジで顔が良い。

 

ぶっちゃけ、二次元のキャラクターの美しさに対して心酔してるところがあるので、
推しのこと、大体がアフロディテかヴィーナスかなんかだと思ってるんですよね。
ギリシャの彫刻とか、モナリザの微笑みとか、そういう。

海の泡から生まれて真珠の貝の上に乗って出てくるでしょ?って思ってる。

 

聞いて、二次元でも三次元でも俺は俺だったワケ。

 

びっくりした。ほんま、顔、良!!!!
P列(1階最後列)からでもわかるくらい顔が良かった。小さく十字切った。

 

話戻します。リスペクトの話ね。

絶対に落とせない要素、ヒプマイといえば曲ですよ。曲。ラップですよ。

あのね、マジね、

曲、めtっちゃいい。マジに良い。マジにオーケー。最高。ありがとう。大感謝。


あくまでも舞台オリジナル曲でありつつ、最後は俺達のアンセム曲と見事なリミックスに繋がるメインテーマ曲から始まり、
各ディビごとのカラーが出ている曲!キャラクター同士のデュエット!
そして各ディビ各キャラのパーフェクトに均等な出番!!!!!

 

いや、これ本当に凄い大事だと思います。だって我々、キャラクターのことが好きじゃないですか。
だからこそ、推しには見せ場があって欲しい。だからといって、ないがしろにされていいキャラなんていない。

なんと舞台ヒプノシスマイク、全員の歌の出番がほぼほぼ均一です(私体感だけど多分本当にそう)。
そりゃあ多少ね、多少一郎が多いかもしれないけど、でもマジで些細。むしろこんなに均一でいいの?って凄い驚きました。体感はほぼTOPPO。最後までチョコたっぷりかよ。


私の推しは2番手だし、しかもイケブクロじゃなくてヨコハマだから、まあそんな出ないかな~って思ってたんですけど。
ま~~~出るわ出るわ。脚本家さんどれだけ心砕いてくださったんですか?
ブクロの次はハマが出るしブクロが歌えばハマが歌うし、一郎が歌えば左馬刻が歌うし、二郎三郎が歌えば銃兎と理鶯も歌うんだよ。そういうことだよ。


個人的に、凄く感動しました。ありがとう。みんなを大切にしてくれてありがとう。

 

あと、キャラクターへの露骨なDISが無かったのも凄い良かったです。
なんていうか、キャラクターの魅力を損なうような脚本って、悲しいことに多々あるんですよ。
「なんでそんなことした!?」「お前の信念的にそれだけはやっちゃダメだろ!?」「そんなんやる奴、人として引くわ!」っていう。
あるんだよ!!悲しいことに!!そういう脚本が!!実際!!

 

でもヒプステはそういうのがありませんでした。
勿論、キャラクターが空回りしたり、ダサかったりするシーンはあります。
でもそれも「ああこの年齢だったらそうだろうな」「彼の精神性的にこれくらいの矛盾はするだろうな」ってスッと受け入れられる範囲内。
自分の心の中にいるモンペを制御しきれない場合、キャラクターによっては多少のモンペしちゃうかもしれないけど、流石にそこまではカバーしきれん。

 

ということで、まず私的に重要な、原作へのリスペクトに関しては、

・役者さんからのリスペクトを感じた
・曲へのリスペクトを感じた
・キャラクターへのリスペクトを感じた

というので満点でした。あと、百回言うけどマジで顔が良い。よく分かんないけど、凄く顔が綺麗な人が推しの格好して目の前で動いてるだけでなんかすげー魔法を感じる。

 


続いて②舞台でしかできない演出。

これ。マジで、これ。これが最高なんですよ舞台ヒプノシスマイク先輩は。

 

人に感動を与えるのはプラスアルファが必要だってよく言われます。
パン屋に行ってパンを買えるだけじゃ人は感動しない。
でもそのパンが滅茶苦茶大きいのに凄く安いとか、或いは滅茶苦茶美味しいとか、或いは店員さんが最高の笑顔だとか、
そういうプラスアルファが感動を呼び、リピーターを生むって言われてるんですね。

 

いきなり何の話かって?

 

つまりヒプステくんのプラスアルファは、まさにここです。

舞台でしかできない!!演出!!

 

もう有り体に言ってしまえばダンスと映像演出!!!!以上!!!!
俺たちが払ってる18000円の価格高騰はこれだよ!!!!!!!

 

もうね、マジで、25舞台で、こんなプロのブレイクダンス見れることある?
あんなに細かく組まれたLEDダンス見れることある?
プロジェクションマッピングをこんなに豪勢に、かつきちんとした必要性を伴って使われてることある?

 

ラップって、ただでさえ聞きなれないと聞き取れないし、そもそも歌詞の意味分かりにくいし、
正直歌は5割聞き取れたら御の字かな~という気持ちでいたんですが、

 

なんと、全て映像で写してくれます。

 

しかもただの字幕とかじゃなくて、きちんとPVのように滅茶苦茶凝ったエフェクト付きで。
唯一の問題は、舞台上のキャラを見たいのに歌詞も見たいから目が足りないっていう……
あっ、だからチケットに最初からCDつけてくれたのか……歌詞覚えられるね……最強じゃん……

 

移動式の中幕6枚、その全部を見事に無駄なくフルで使って、
背景・グラフィティアート・歌詞・エフェクト・ヒプノシススピーカーを完全に写してくれるんですが、

 

これがまたね……良いんですよ……。

 

WWⅢの後なのに街、平和過ぎないか?という我々の中に常にあった疑問なんですが、
今回の背景で明らかになりました。めttっちゃ街、荒廃してる。ヤバイ。

何が言いたいかって、この舞台、ちゃんとそういう物語の設定と背景を読み込んだ上で、「それならこうだろう」っていうふうに作られてるんですよ。セットが。

戦争、武力、それに代わるマイク、それで戦うのならば、こういう戦い方になるだろう、こういう人がいるだろう、こういう悲劇も起こるだろう。

そういうのが、特別じゃなく、その世界の当たり前として演出の中に組み込まれてる。
だから違和感なく物語を受け止められる。

これ、当たり前じゃないんです。演出がそうである必然性と、それが押し付けがましくなく受け止められるっていうの。

ヒプノシススピーカー、滅茶苦茶良かった。ヒプノシススピーカーが生きてた(?)。

 

あとね、シンプルな話するね。

 

ちょ~~~~~~~格好いい。マジに格好いい。めっちゃ派手。ちょ~~~~~派手。

 

いや、私はですね、舞台の中でももう「これぞショービジネス!これぞパフォーマンス!」っていうド派手なのが好きなタイプでして。
言ってしまえば、テニミュならカテコのどんちゃん騒ぎが大好きだし、マンマミーアならダンシングクイーンを百回リピートしちゃうんですよ。
宝塚なら本編じゃなくてレビュー公演です。

 

そういう、音声だけじゃ出来ない、ありとあらゆる、身体的、視覚的に訴えてくる表現、マジにパーフェクトでした。
舞台構成の妙、ともまた違うとは思います。構成というか、演出の力技がすっごい。

 

キャラクターの声で、キャラクターの見た目で喋って欲しいんなら、アニメ化すればいいんですよ。極論。
そうじゃない、目の前で、生きている人間だからこそ出来る、ヒプノシスマイクという世界観」の表現。
原作にいないキャラクターでも、原作じゃない声でも、確かにこれはヒプノシスマイクの世界で、

そうしてこの世界は、舞台じゃなくちゃ見せられなかったなっていう、表現。
私が求めてたのはそれでした。だからとっても嬉しかったです。


こんだけのパフォーマーの方を揃えて、全シーンで映像作って、歌のPV作って、エフェクト作って、
それで日程(公演数)これしかなくて、キャパ的な人数もこれしかいなかったら、


ああーーーー!!!そりゃ単価(チケット代)上がりますわーーーーー!!!!!


って、思いました。やむなし。OK。オッケー。ブブゼラ5個持っていくよ。

 

だから、現地に足を運べる環境の方は、是非現地で、生の振動を感じてほしいなって思いました。
勿論ライビュも円盤もあるんだけど……なんていうか、ストーリー構成とか、演技のうまさで感動するタイプじゃなく、
演出の派手さと勢いに興奮するタイプの舞台なので……断言してしまうんですが、生の方が……絶対オススメ……。


劇団四季のアラジンの話をしてもいいですか?あれ、実は他の四季の舞台より3000円も値段が高いんです。
他の演目がS席10000円なのが、アラジンだけ13000円なんです。でもその代わりに、滅茶苦茶舞台のセットが豪華なの。
衣装についてるスワロの数が異常。布の多さが異常。切り替えの幕の数も滅茶苦茶多いし、小道具も凄い数が多い。
それだけ、舞台がとんでもなく華やかで、目を惹かれます。アラビアンナイトの金銀財宝に満ちた世界が、ジーニーの魔法が、目の前に広がるんです。
勿論、演技も歌もダンスも最高です。値段には相応の理由があって、それが還元されて、舞台を作ってる。
何が言いたいかっていうと、ここまで読んで、やっぱり自分には向いてないかも……って不安に思った人、

 

劇団四季のアラジンを観に行きましょう。


不安なものに一生懸命働いて稼いだお金費やす必要、マジで無いと思う。その点アラジンは絶対大丈夫。マジで何の不安もない。私10回以上行ってる。超オススメ。


でも、もしもこのクソ長い文章最後まで読んでくれて、

「声が違ってたり演技がパーフェクトじゃなくても、原作へのリスペクトと、格好よくて可愛いキャラクターと、推しの出番と推し同士の絡みと、超良い音楽と超格好いいマジなダンスと、舞台でしか見れないヒプノシスマイクという世界を見てみたい!」って、思ったら、ヒプステ、マジにオススメです。ほんま。

 

、あと大事な話!

 

ブブゼラ、鳴らすタイミング指定されてるから観劇中の騒音の心配は無いです!!

安心して、皆でマナーを守って観劇しような!!!ピース!!!